亡霊 | ナノ



#亡失図書館投稿文





サァ皆々様篤と御覧じ、かの文豪がふたゝび筆を取りまする!


夕食を摂って以降、自室にて原稿用紙の枡目を文字で埋め続けている。頭痛と眠気が酷い。しかしてこの手を休めるわけにはゆかぬ、非情は非常の事態を助く、哀れにでも思ったか司書は大筋の説明の後短い言い訳を付加した。言葉が多ければ善いというものではない。洋墨を文字へ形を変えさせて増やし続けている現状からすれば矛盾甚だしくも――あの頃、あの時、もう少し言葉を重ねていたら今のような関係性にはならなかったようにも思う。

――僕は、前に進めているでしょうか。

文章を書くという行為で、一人の男を底識れぬ泥濘に突き落としたことがある。故意では勿論なかった。彼から見れば書くだけ書いて、もしかすれば才能を見せつけるだけ見せつけて生命を絶った勝手な男、と捉えられていたやもしれぬ。実際ふたゝび相まみえて知った彼の自分へ向けた妬み嫉みは思っていた以上に深く、それこそ底識れぬ泥濘とばかりに彼の足許に在った。それ、が原因のひとつかもしれぬと司書の言うには、おそらく愛憎、が彼にとっての嫉妬の形であり、自分が作品を書けば必ず目を通し、才とやらを讃美し称え、そこへ追いつけぬ己を厭い蔑み、さらに深みへ嵌って溺れてゆくのではないかと――そんな状態の彼が今回、侵蝕者に目をつけられて仕舞った。

――文学は棄てられないのです。どんなに惨めな気持ちになっても。

彼の作品が妙な形で侵蝕され始めた。平生滅多と顔を合わせぬ彼である、友人から現状を聞いた時は、かなり、相当に、困惑し狼狽した。まさか姿が消えて仕舞うなどと――矢も楯も堪らず司書室へ乗り込んで訊き出せたのが前述の彼の現状、彼が抱く自分への感情、そして彼を救済するかもしれぬ術であった。つまるところ、今、である。自分が新たな作品を書き上げれば、彼に纏わりついていっかな離れぬ愛憎、二度目の生の彼そのものと言えなくもない感情が静かに黙っているはずはないと――殊更彼の為に書く作品なら好い起爆剤となろう、などという俄かには信じられない打開策を課されて仕舞った。

(しかし、この感覚、は)

――どうしてあの時、君は死んじゃったんだよ!

筆を進めるにつれ、声なき声が脳内に響き始めた。雑音混じりの彼の嘆きは徐々に明瞭となり、文机の眼前に嵌められている窓の硝子に茫洋と人影が浮かび上がった。まさに今、彼は自分の背後にて作品の完成を待っている。みずからを愉しませ、みずからを苦しませるものゝ結末を。

彼に必要とされている。自分の作品が、たゞひとりを焦がしている。こんなことは今までにあったろうか。

ならば――自分も彼の作品を待ち侘びたい、そう思った。自分の作品が文壇にて評価されたのは彼も少なからず関わっている上、自分もまた彼が脚を取られている泥濘は容易に理解出来る。これは作家に限らず、ものを生み出す人間が自動的に課される業だ。何より彼は二度目の生にあって、極めて非日常と言えよう日常をも小説にして仕舞おうと口にした。この儘彼を、人でないものとしておくわけにはゆかぬ。

「僕に言われたくはないかもしれないけれど。僕は君に書いていてほしいと思っているよ」

今も昔もね――言って、紙上の物語を締めた。同時、硝子に映っていた彼の輪郭がはっきりと元の形を取り戻した。硝子の中の彼は悲愴を顔に浮かべているが、そこに僅か安堵が加わった。少なくとも自分には、そのように見えた。

「……良かった」

そう一息ついて、あまり合わせぬ顔を見てみよう、こんな状況であれいゝ機会、正座をした儘後ろを振り返った。

振り返った、はずだった。

目が合った瞬間、彼の表情は驚愕に変わった。絶望、に近い驚愕であった。駄目だ、彼が脚早に歩み寄る。これでは衝突して仕舞うだろう、思うより先に、彼の身体が自分の身体をいとも簡単に――貫通、した。

「……君、は」

彼の声は震えていた。両手がこちらの両肩を突き抜けて机上へ伸びる。まさか、彼が目視出来なくなったと聞いた時と同様かそれ以上に、困惑と狼狽が襲う。思わず脚を崩してふたゝび机上を見た。

「君は! どれだけ僕を苦しめれば、気が、済むんだよ!!」

端からじわじわと黒色に染まってゆく原稿用紙。硝子に映るは彼一人。

これにて交代の時間です――誰かの声が、聴こえた。


サァ皆々様篤と御覧じ、かの文豪がふたゝび筆を取りまする! 是非存分に美味しく召し上がられませ!










【つまりどういうことだってばよ】

@たがわ氏が作品を完成させるとくめ氏は見えるようになるのでたがわ氏は書かねばならない

Aだが書き上げたと同時に(くめ氏がたがわ氏の新作を読みたくなった瞬間)侵蝕者が湧いてたがわ氏の作品が食われる→たがわ氏が消える

Bたがわ氏を復活させるにはくめ氏が作品を書かねばならない

Cだがたがわ氏時同様完成させると侵蝕者に食われてくめ氏が消える→@〜Cの無限ループ地獄で結局二人の「会わない」が成立してしまう

D無限ループに陥っていることを二人は自覚していない 一度消えて戻ったら前回の原稿も忘れてその都度司書が説明する その為同じ作品を何度も書くこともあるし違う作品を書いたりもする(でもやっぱり侵蝕されるし忘れるので陽の目は見ない)

Eなぜ作品完成の瞬間侵蝕者が湧くのかは冒頭と最後に叫ぶうさんくさい輩の所為 文壇の破滅>侵蝕者への御馳走>亡失現象>>>(越えられない壁)>>>有碍書浄化ぐらいの感じで内側から文壇を破滅させるタイプの侵蝕者

Fつまり冒頭と最後の輩は特務司書の皮を被った侵蝕者の総元締ないしスパイや側近

っていうことを書きたかったんです 特務司書が敵っていうの少なくとも私は書いてて楽しかったです お粗末さまでございました

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