此方の錬金術は、死亡した文士に限り蘇生を成功出来るのですよ、代償はコチラ、特殊洋墨とやはり特殊な書籍一冊のみ、あとはアナタと同じか似通った――そんな、そんなやり口があって堪るか……堪るかよ! 咆哮は涙のない嗚咽、異世界とはいえど、これほどにも危険と犠牲、倫理のない錬金術が罷り通っていることに叫ばざるを得ぬのは、あまりにも形のない心に刺さった。御気持ち御察し致します、シルクハットの珍妙な風貌をした男はわずか困ったふうに笑み、片手に掴んでいたものを一層持ち上げてみせる。 ワタクシとて此方の錬金術に明るいわけでは御座居ません、あまつさえ御二人の世界など未知数、何方が善か悪かは判断しかねますが――洋墨に書物、さらに使うか使わないかは錬金術師次第で御座居ますれど、特殊な栞を使うことで毎日最低二度、文士の転生を行うのですよ、誰が転生するかは司書の腕と運と資材――要は、金次第ということです。 ギシリ。骨から血肉まで忘れた腕が拳を握り込んだ。文士のみといえど、こんなに簡単に人を――聞くに総勢五十二人、今迄に生命を落として来た五十二人を墨と紙で生き返らせて来たとは、自分達の世界と此の世界では、禁忌という言葉の意味が違うのやもしれぬ。 ふと、今にもまた叫び出しそうな激情以上のものを堪えていた筈の兄が、肩を揺らして、しかし溜息の形で以て、笑った。如何したのか問うより先に、まさかまたこんなことになるとはなあ、頭を掻き毟る。シルクハットの男は首を傾いだ。 本題に入る前に訊きてえことがあるんだけどよ。ハイ、御答え出来る範囲で宜しければ何でも。あんたは……いや、あんたもだけど、ソレ、は何人目だ? 兄の問いに、男は空いた片手を口許に笑った。もう片手に視線をくれ、残念ながらそんなこと一々憶えてはおりませんよ、と答える。より掲げたのは、灰色に縞模様のシャツの腕。どろりと垂れるように追い縋る赤い髪と赤いマントのような上着。此の世界で、つい先程まで「生きて」居た。国が動くほどの危機にあって、斃すべきモノによって絶筆させられたという。誰しも死には、特に殺害には動揺しますから、殉死を絶筆と呼ぶようですよ、此れもシルクハットの男の言だった。 生命をなんだと思っている? ――そんな問いを、どの口が、どの身体が叫べる? まァ失礼乍ら彼にとっては些末なことになっているかもしれませんが、彼、ちゃんと人として生きて居た間に何度も自死を図って御座居まして、巻き込まれかけた御友人、本当に巻き込まれた女性ら幾人かのうち御一方と本当に自死を決行致しましてねェ、此処に一度目の転生を果たしてからは――精神的なものは別として、慣れたものですよ、此処に喚ばれた文士の殆どは一度以上の死を識って御座います、勿論ワタクシも。 サテ其れではそろそろ本題の御質問を伺っても? 完全な人間でないゆえか青黒く染まっている赤い死体を地に横たえ、男が兄を見やる。兄はまたも少し笑い、すぐに引っ込めた。 転生は最低一日二回だったよな? 確かにそう申し上げました。此処の文士とやらの人数は五十二人だったよな? 再転生回を含めますと如何なるかは解りませんが、現在の人数は然様で御座居ます。此の錬金が始まったのは? もうすぐ二年目になります。 あ、思わず声を上げた。二人がこちらを振り返る。会話に横槍を入れるつもりはなかった、首と両手をギシリギシリと振る。しかし――。 文士を転生させる洋墨と本と栞。文士の傷を服装ごと元に戻す方法。文士の能力を上げる素材。文士の腹を膨れさせる食事。文士の疲労を癒す薬。――文士を殺させない為の、賢者の石。 自分達の世界において、賢者の石の材料は。 生きてる奴らの残った魂、どこやった? ――兄の声は幾らか憔悴していた。其れを識ってか識らずか男は嬉々として言い放つ。アヽ此れは何と云うこと、申し訳御座居ませんしばし御待ちください、ワタクシあの台詞、恰好好く決めてみたいのです! | |