針 セントポプラはここ最近雨が続いている。ビニール傘でもしのげなくて、裾を絞れば悲しげに水が溢れた。 「うお、仕事あがりか?」 ジャブラが目を丸くしてマカロムを呼び止めた。がさつなのに髪が長いからこんな時は面倒臭そうだ。 「仕立て屋か…お前も大変だな」 「あー…まあね。能力のおかげで馬鹿でかい針が使えるから、巨人級の服ばっかり縫うし」 路地裏に入り雨をしのぐ。建物の影になってまだ濡れていないアスファルトに、ジャブラとマカロムの足跡がついた。 「で、またルッチのとこいくんだろ」 雫がジャブラの頬を伝う。変に生温い気がした。 「ああ、まあね」 ぽつりと音を立てて地面に黒い水玉を描く。 「ごめんな、前からマカロムにはルッチ看ててもらおうって言ってたんだよ。人見知りで無愛想だし?それに、お前の能力でルッチを」 「治せないよ!」 ぎらつく鈍色の針が、ジャブラの横をかすめてコンクリートの柱に刺さる。マカロムの腕が針となっていた。 瞬間、後悔した。 「…見ただろ?確かに僕の能力は何でも縫える。でも相当痛いし、下手して心臓でも貫いたら死ぬよ。僕は平気だけど、他の誰かなんて縫えない」 ぱきっと針が柱から抜ける。マカロムの目が少しだけ潤んで見えた。 もう無理だ、ジャブラはそう悟った。 「辛い想いばっかりさせちまったな…これでおれがお前の事好きだって言ったら、怒るか?」 鋭い針はどこにもなく、少女らしい手が袖に隠れて小刻みに震えていた。 「…無理しねえでルッチに本当の事言ってもいいんだぜ」 マカロムの小さな手に少しばかりの硬化を握らせると、ジャブラは水溜りに靴を突っ込ませてどこかへ歩いていった。 数日後、ルッチが目を覚ました。 ジャブラ達が病院に行った時、マカロムは居なかった。看護師に聞いたところ、どうやら入れ違いになったらしい。 きっと伝えることを伝えて、見つからないように去って行ったのだろう。 「よかったなァ、化け猫」 「あぁ、退院か」 「馬ァ鹿、マカロムだよ」 「知っていたのか」 ルッチはハットリを優しく撫でた。 白い羽が陽に輝く。 「…待ってるからな、あいつ」 柔らかな棘が、針が抜けない。 2014.02.21 不器用な狼の敗北 [mokuji] [しおりを挟む] |