2011/06/20 22:11

練習終わりに散歩をしないかと誘ったら、彼は快く頷いてくれた。
栗松くんは俺の友達。多分、ナカヨシ、の友達。違ったら怖いから聞けないけど、多分そう。少なくとも、俺にとっては。
他に友達がいないわけじゃないし、それこそ栗松くんよりもよく話す友達なんて他にたくさんいる。お日さま園のみんなは俺の友達。今だったら、イナズマジャパンのみんなも友達。円堂くんも、豪炎寺くんも、壁山くんも、みんなみんな友達。
だけど、栗松くんはなにか違う友達。一緒にいると少しだけ嬉しい気持ちになって、たくさんおしゃべりしたくなる。今まで誰にも話す気になれなかった自分のこと、周りのこと、なんでも知ってほしいって思うんだ。

「それでね、みんな俺のこと嫌いになっちゃったんだ」

ずっと心に引っかかっていた父さんのこと、みんなのこと。初めて人に話した。
俺は父さんの亡くなった息子の代わりとして育てられたこと。大きくなるにつれて、お日さま園のみんなに距離を置かれるようになったこと。俺はみんなと仲良くしたかったけど、上手くできなかったこと。
今までは話す気持ちになれなかった、っていうのも本当だけど、話したら相手に迷惑なんじゃないか、って考えてしまうのも口に出せない原因だった。こんな話をしたら、きっとみんな反応に困ってしまうだろう。そんな考えが先に頭をよぎってしまう。
だけど、栗松くんには聞いてほしくて、聞いてほしいっていう自分の気持ちを優先して話してしまったんだ。もう日が暮れた帰り道、俺は栗松くんの背中を捕まえて、河原に栗松くんを引き留めた。ここ、キャプテンと風丸さんとか染岡さんがよくいる場所なんでやんすよ。俺の緊張を解すように、栗松くんは優しく笑ってくれた。

「そりゃあそうなるでやんすよ。ま、仕方ないんじゃないでやんすか」

自分の話をすることに慣れていない俺の話は、筋が通ってなくて、めちゃくちゃで、もしかしたら栗松くんは意味がわからなかったかもしれない。それでも栗松くんは、少しだけ難しい顔をして考えた後、何でもない風な表情を作りながらそう口にした。
普段の栗松くんだったらこんな言い方しないことを俺は知ってる。きっとわざとなんだって、俺は気づいてる。こんな乱暴な返事、突き放したような返事、きっとあえてしてるんだって。それはとても優しい栗松くんの誰よりも大きな優しさ。俺はわかってる。だって、栗松くんと俺はナカヨシだから。

「ヒロトさんは悪くないでやんすよ」

予想していなかった次の言葉に、心臓がドキドキした。
それって本当に?栗松くんは、俺を肯定してくれるのだろうか。俺を全部、俺の生き方全部。全部全部、正しいって言ってくれるのだろうか。

「ほんとに、俺は悪くないの?」

よせばいいのに自分から嫌なことを尋ねてしまった。答えを聞くのが怖くて拳が震える。変な汗が出てくる。栗松くんは腕組みをして、うーんと唸る。

「ヒロトさんの悪いところは、優しすぎるところでやんす」

ドキン!心臓が跳ねた。それってどんな意味なんだろう?思わず、どういうこと?って訊いてみたら、教えないでやんす!と栗松くんは大きく口を開けて言う。あまりにも突然大きな声を出されたものだから、俺はびっくりして少しだけ涙が出そうになってしまった。

「もっと仲良くなったら言うでやんす!」

そう言いながら栗松くんは立ち上がり、肩掛けカバンに手をかけながら走り去ってしまった。みるみるうちに栗松くんの姿が遠くなる。手が届かない。暗闇に彼の姿が飲み込まれていく。

「待ってよ、行かないで」

俺は堪え切れず涙を流しながら栗松くんの背中を追った。やっぱり仲良しじゃなかった。俺のナカヨシは栗松くんの仲良しとは違った。すごく悲しくて、それは絶望とまで言えるほどの感情。だけど、俺は今、立ち上がって前を向いている。息を切らして走っている。精一杯の大声で彼を呼び止めようとしている。今までだったら背中を追うことさえこわくて、ただ口をつぐんで立ちすくむだけだったけど、今は違う。確かに俺は今、失っちゃいけない何かを自分の手で掴もうとしている。

「栗松くん!」
「俺、炭酸飲みたくなったでやんす!コンビニまで競争するでやんすー!」
「え?」

次々に溢れてくる涙で視界が曇る。自分の荒い呼吸で栗松くんの声がよく聞こえない。
だけど、夜の街の中、君がこちらを振り向いて笑ってくれたことだけははっきりわかった。
人もまばらな歩道を進む栗松くんの後ろ姿を追いながら、限界まで手を伸ばす。俺は再び栗松くんの背中を捕まえる。さっきみたいにそっとジャージの裾を掴んだのとは違う。俺は力一杯に栗松くんの左腕を捕まえて、そのまま俺の腕の中に栗松くんの身体を閉じ込めた。

「わー!なんでやんすか!」

今まで知ることもなかった、2人分の汗が混ざった匂い。すごく変な匂いだけど、なんだかすごく嬉しい匂いだ。栗松くんの身体をぎゅっと強く抱きしめると、気持ちよくてふわふわした気分になった。感触、温もり、匂い。こんな風に誰かを自分から引き寄せることは、俺にとって初めての経験だった。身体が熱くなって、気持ちが高ぶるのを感じる。この気持ちを今すぐ伝えなきゃって、なぜだかそう思った。

「ね、俺、栗松くんのことが好き!」
「ええ?!」
「栗松くんは、これから俺ともっと仲良くなってくれる?」
「ど、どういう意味でやんすか!」
「そのままの意味だけど?」

俺に抱きしめられてからずっと身体を硬直させていた栗松くんが突然腕に力を入れたと思ったら、次の瞬間には思い切り俺の胸を突き飛ばした。せっかく目的地のコンビニの前で捕まえたのにな。車3台分の小さな駐車場、コンビニから漏れるチカチカした光に照らされながら、俺はコンクリートに尻もちをついた。

「ヒロトさんってチャラいでやんす!」
「チャラいって何だよ!そんなの初めて言われた!」
「言ってくれる友達いないでやんすもんね」
「ちょっと!」

栗松くんはさっきまでの固い表情を一変させ、笑いながら身体を屈ませて俺に両手を差し出した。

「仲良くなるかどうかなんて、なってみなきゃわからないでやんすけど」

差し出された両手に自分からも両手で応えると、栗松くんは俺の両手首を掴んで思い切り引っ張った。地面にへばりついていた身体を勢いよく立たせられる。引っ張られた腕が少しだけ痛い。栗松くんの言葉と、腕の痛みと、突然立ち上がった身体の重み。全部の感覚がいっぺんに流れ込んできて、頭がくらくらする。君の言葉はきっと俺にとってすごく嬉しい言葉なのだろう。なんとなく、わかったような、わからないような、わかったような……

「少なくとも俺は、ヒロトさんともっと仲良くなりたいって思ってるでやんすよ」

俺の頭の中はまだぼんやりともやがかかったままで、すぐ近くにある君の顔さえまともに見えやしない。
真っ暗な空、ガラガラのコンビニ、この場所はきっと栗松くんが毎日通る道。
俺だけのナカヨシがふたり一緒のナカヨシになる日が早く来たらいいなって、こっそりと心の中で願い事をした。







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もしもヒロ栗がやぶてん版的な出会い方(エイリア編すっとばし)をしていたら。恋愛と友情の区別がついてないヒロトちゃん


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