おはよ、の挨拶と共にお互いの胸に触れる行為が女子の間で流行している。嫌だな、と思った。相手が女子だって嫌だ。胸なんて、好きな人以外の誰にも触れられたくない。まして、今までに誰にも触れられたことのないまっさらなこの身体なのだから、余計に。 だけど、私が恋焦がれるあの人は気軽にこんなことをするだろうか。考えたところで、その想像を打ち消すように左右に首を振る。あの人はそんなことしない。綺麗で、上品で、誰よりも自分に優しい憧れのあの人は。 通学かばんをわざと両手で胸の前に抱え、毎朝をやり過ごしている。その警戒はあの人の前ではいとも簡単に解かれてしまい、校門前、偶然目があったその瞬間、栗松はかばんを右手だけで抱えて小さく会釈をした。あ、栗松さん、おはよ。軽やかに地面を蹴りながら近づいてきたその人がその手で触れたのはまさに、たった今開放されたばかりの自分の未発達なふくらみだった。 「あ」 じわり、涙が浮かぶ。驚きと、混乱と、そして悲しみ。 こんな風じゃなくて、こんな風じゃなくて、もしもいつかこんなことが起こるなら、ちゃんとした形で。その夢が一瞬で全て崩れ落ちる。 「栗松さん?ごめんね、嫌だった?」 「ごめんなさい、基山先輩。なんでもないでやんす」 「でも」 戸惑う彼女を置き去りにして校舎へと駆け出した。嫌だなんて言えるはずないけど、本当のことなんてもっと言えない。 「栗松さん」 可愛らしく跳ねた赤い髪が目の前に立ち塞がる。憧れだなんて嘘。本当は彼女の全部を独り占めにしたい。 「初めて、だったの?」 あまりに直接的な物言いに、恥ずかしさのあまりみるみる顔中に熱が集まる。 「それなら、貴女の初めてを全部私に」 額に、眉に、頬に、唇に。彼女の手が優しく私に触れる。 「せんぱ、」 「私、今、すごく自分に都合のいい想像をしているんだけど」 白くて、きめ細やかで、すべすべとしていそうな憧れの手が、しっかりと私の手を取る。先輩の手は、想像していたよりも少しだけ汗ばんで湿っていた。 「嫌だったらすぐに言ってね」 されるがままに手を引かれ辿り着いたのは、まだ人のいない調理室。使い慣れた私たち料理部の部室だ。 「やり直し、しましょう」 今朝は誰も来ないから。そう口にしながら、基山先輩はドアに鍵をかけた。不安定な丸椅子に、背もたれは固い調理台。彼女はうっとりとした表情で私の額に触れ、リップクリームでつやつやの唇がそっとキスを落とした。栗松さんは、世界で1番きれいなこ。いつもとは別世界みたいな2人きりの調理室に響く彼女の声は、気絶しそうなくらいに私の身体を痺れさせた。 -------------- 栗松さん逃げて超逃げて |