泳ぎ下手人魚転生

パチャパチャ、パチャパチャ。
ど下手くそな泳ぎは昔からだった。
変な世界で人魚になっても泳ぎが下手とは筋金入りではないか。
何度練習しても駄目だった。
泳ぎを練習していたら人間に見つかったけど、子供だったので放置した。
ここ、冬だけど寒さは特に感じないのって凄いかもしれない。

男の子なんだけど、ギャラリーとなった。
ローと呼ぶと泳ぎを教えてくれるという。
人間に教えてもらうとか色々可笑しいけど、人魚として可笑しい自分だ、今更気にしても意味もないな。
なかなかこれが、教え方上手い。

「ロー、見て、上手くなってない?」

「まだまだだ」

「いや、完璧だよこれ」

彼はまだまだだ、と二回目を述べる。
スパルタだな。
日が暮れて帰るように言う。
帰り際に溺れるなよと言われた。
溺れても息は出来るからなにがあっても溺れない。
えっへん。

ある日、ローの体に白いものが出来ているのが見えて、この世界の人間はこれが普通なのかと特に聞かなかった。
聞いとけば、良かったのかな……。

「え、け、煙?」

町全体でバーベキュー、なんて平和な可能性はない。
ローだってなんにも言ってなかったし。
陸に上がりたくてもヒレがあるから自由に動けない。
下手に動くと捕まって売られちゃうと聞いていて、待っている他ない。
急に銃声も聞こえて驚く。

「銃声!?この世界、そんなに物騒だったの!?」

知らなかった。
こんなにたくさん撃つなんて、異常だよね。
嫌な予感が止まらない。
私じゃなくても嫌な予感はする筈。

「虐殺でも起きてるの」

音が、回数が多い。
ごくりと唾を飲む。
ローは、ローは!?
ローはどこ!?
ヒレを動かし見つからないように周囲を見渡す。

ローのところは病院を経営しているから良く見え……燃えてる。
炎上していて、只事ではない。
もう歩いて、跳んでいくしかない。
陸地に上がろうとしていると小さな影があった。

「ロー!生きてた、良かった……ロー?」

どんどん近くなる彼は虚ろな目をして、足取りも覚束ない。
生気が感じられない。

「ロー、無事?怪我ない?」

生きていたのを喜ぶと彼はポソっと「皆は死んだ」と言ったキリなにも話さなくなった。
ヨロヨロと今度は違うところへ行く。

海に入ったままついていくと、船を見ながら隠れ、恐らく死した人達を運び入れ……うぅ、生なましいよ。
嗚咽が起こる。
なんとか声を出さずに過ごす。
ローはこちらに気付いていないのか、もう目に入らないのか遺体が入っていく船に行く。
なんでそこに行くんだろう。

ローが乗った船に張り付いてついていく。
窓が無くて中の様子は見られない。
島に付くたびにローが出てくるのを待ったけど、まだかな。
生きてるかな。
心配がピークを来た頃、一つの島でローを見つけてついていく。
ひっそりしている彼に声をかけた。
相手は驚いたが睨みつけ、ついてくるなとだけ言う。

そんなの聞けないと強く言い、手を握る。
弾かれたけど、彼の苦悩に比べたらなんてことない。
ローの友達だからとローを付け回す。
海から離れられたら見られない。
ローがどうやらどこかへ行っていて、なにかをしようしているらしい。

数日見かけなくなって、泳ぐのよりも歩ける方に特化しないかと歩く練習をしていた。
ベチャッと跳ねるが歩みが遅い。
これではろくに探しにいけない。

「ナマエ」

後ろから呼びかけられ、そのまま抱き着いた。

「ロー!ロー!どこ行ってたの、心配したんだからッ」

「ああ。海賊を殺しに行ったら海賊になることになった」

ちょっとなに言ってるのか分かんない。
でも、海賊になるのなら生きてくれるってことだよね。
海賊でも山賊でもいい!

「なら、私も海賊になろっかな」

「泳げない人魚がなっても役に立たない」

「それ言ったら子供のローだって似たようなものでしょー」

自分以外にも子供が居るんだそう。
子供、居るんだ。
ローはそれからマメに会いに来てくれた。
私は足で歩く練習をし始めた。
人魚になったから人間の足にするのだってやれるかも。
という試み。

「ローはいい子いい子」

来ると頭を撫でてあげる。
めちゃくちゃ嫌がるけど、やりたい。
海賊はどういう風に世間から見られるんだろう。
彼に居場所が出来たのなら私は居ないほうが良いのかもね。
最近は海賊として働いているらしい。
どんどん顔つきも変わってきている。

考え始めた時、ローに事件が起こる。
大きな叫び声に急いで向かうと大人に連れ去られていた。

「はぁ、はぁ、つら」

泳ぐの大変すぎだろ。
追いつくとローがこちらを見ていた。

「こいつはなんだ」

「お前に関係ない。こいつになにかしたらお前を殺す。ナマエ、帰れ」

「どこに帰るの?それよりも悪い大人に誘拐された子供の声が聞こえたぞ?んー?」

めっちゃ誰かを呼んでたよねぇ。
顔を覗き込むとべちんと平手で顔を覆うようにされる。

「なんで人魚が。まァ、良い」

「あー、なんか見たことある」

コソコソしてた人だ。
男はコラソンという。
ローの海賊の船長の弟だって。
私も船についていった。
船の近くで待っては泣いて帰るローを見た。
病院に見せるっていうから傍観に徹した。
いつの間にかコラソンとローはお互いに絆を育んでいるようだった。

コラソンが不思議な食べ物で治せるというので、その島についていき、待っていた。
船がたくさん集まっていて、嫌な感じ。
こういう時、ヒレのある足が少し悔しい。
待てども待てども、来ない。
大きな鉄みたいな覆いが見え、地面を削るのが見えた。

「ロー、コラソン」

なに、これ。

いっぱい船があったのにすっかり居なくなってしまい、他の船が島を出入りする。
結局コラソンもローも居なくて、全員居なくなって尾ひれで歩いたけどなにも見つけられず。
また海を彷徨うように泳ぐ日が始まる。
ローも居なくなって一人になった。
ぼんやりと浮いて流される。

島があったので適当に寛いでいると、騒がしい声が聞こえてそちらを見た。
海の中に居るので見つからないように出来た。
見覚えのある帽子にとんで行きそうになったが、彼の様子を見て留まる。

随分と仲が良さそう。
年上らしき子とクマ。
流石は異世界。
これは本格的に私いらないな。
見守ってきたなんて言うつもりはないけど、子離れかな。
と思いつつもう少し見ておく。

途中で離れるかも知れないよね。
あと、白い部分なくなってた。
治ったんだ。

ジッと見ていたらやることもなくて水をパチャパチャさせる。
その時、雪を踏みしめる音が聞こえて振り返る。

「あ」

目が合った。

「泳ぎが下手で聞こえる」

ローがいつもの魚みたいな目で見てくる。
その目は輝きをほんの少し取り戻していた。
うれしさと罪悪感で俯く。

「ローがやっていけるか見に来ただけなんだ。直ぐ帰るから」

「帰る所、ないだろ」

「あるよ。あるに決まってるでしょ」

ないと言ったらきっと荷物になる。
ローは優しい子だから。
子供に心配されるなんて私は相変わらずだ。

「嘘つくなよ。お前まで居なくなったらおれは」

「……コラソン、は」

ローの瞳に浮かぶもので理解した。

「そっか。お別れ言えなかった、なぁ」

「おれは聞いた。お前にも言う」

「言わなくていいよ」

コラソンはローだけに言ったのだ。

「私に聞く権利無いもん」

結局怖くて助けに行けなかった。
最低だったナマエ。

「何を言っているんだ。今更特殊になられてもな」

コラソンの時もだけど、顔色が分かりやすくなった。
本気で困惑している。

「生まれ故郷に帰ろっかなって思ってて」

「そうか」

「うん」

嘘だ、そんなところなんてない。
生まれも何もなにもない海に居たから。

「おれと他の奴らで海賊を立ち上げる」

「え、ああ、そう」

前の話と違うくないか。

「お前も乗れよ」

「て、ええ。それは」

思い出した。

「泳げない人魚ってなんの役にも立たないよ」

「マスコットで良い」

「適当過ぎる」

「海賊なんてそんなもんだ」

「ええっと」

「来いよ。お前の事は前からあいつらに言ってある。探す手間が省けて喜ばれる」

「人魚が?」

「あァ」

「……分かった」

ローの成長をこれからも見られるんだね。
嬉しい。

こうして、トラファルガー・ローの船員の一人となった。



私はあれから頑張って人間の足を手に入れた。
人魚のヒレにも変更可能だ。
ローはどっちでもいいみたい。
嬉しくて出来なかった事をたくさんしている。

「ロー、朝だよー!お、き、て!」

ローの寝る布団を剥がす。
夜まで本を読む男は夜ふかし人間。
引き剥がした後は抱きしめる。
キュッとね。
可愛くて仕方ない。

「やめろと何度言えば止める」

抱きつくなっていうから、更に強く抱きしめてやる。

「うーん、ローの成長を実感する為にやめない」

したり顔で宣言。
尾ひれじゃ難しいもんね。
人間の足ならでは。

「いい子いい子」

「いつまで子供扱いするんだ」

呆れた声音で制されるが止めない。

「いい子なわけないだろ」

抱きついていたのに立場がくるりと変わってローが上から見上げるように頭の横に手を付く。
起きる時の瞬発力じゃないよ。
顔が近寄ってきてーー。

「ご飯食べるんだよ。今日は島に着くからね」

シュピビンと立ち上がる。
男はジト目でこちらを見るので笑顔を返す。
ローってばお年頃なのか良くああいうことしようとするんだよね。
お年頃って幾つなのか。
思春期は過ぎた筈だが。

廊下では仲間から挨拶される。
それに返して通る。
食堂に来たローはこちらを鋭く睨みつけてきた。
避けただけなのにー。

「ね、どう思う?」

「その流れでおれに聞くの?」

人外仲間のベポ。
彼は首を傾げた。
ガルチューなるものを教わり絶賛マイブームだ。
世の中そうなったら平和なのにな。
ガルチューが主な挨拶なのでローの行動は特になにか思われずにいる。

人間間ではかなりの事だと説明しておく。
ベポにはピンとこないみたいだ。
ガルチューくらいしなよと軽く言われる始末。
ガルチューするローって想像出来ない。
可愛いけどね。
睨みつける攻撃がなくなる頃、ローのところへコロコロと行って、ガルチューしてあげた。

きょとんとしていた。
ほっぺ同士をくっつける。

「なんだいきなり」

「ミンク族の挨拶だって」

「へェ」

どうでもよさそー。

「ローもガルチューしてみたら?可愛いよきっと」

可愛いという言葉に眉をキュッとするが、意向は無視される。
あ、酷い。

「島降りるんでしょ」
 
ローも降りるし皆降りる。
手を繋ごう。
昔みたいに振り払われなくなった。
あのときは手を受け入れる余裕もなかったしね。
私が失敗しただけだ。

「ロー、楽しみ?」

「見てみないと分からないだろ」

「そこは未知のことだからわくわくしなきゃだよ」

「そこまでアホにならない」

私がアホみたいな言い方しない!
ローは島に降りると行くので、私も勿論ついていく。
宴はあまり行かないけど。
そういう時は男同士の会話とかあるし。
配慮だ。
男の人も色々あるし。

前の世界と人間のあり方は大差ない。
ルーティンも変化なし。
タフなのはびっくりだけど。
島にいる時は色々見るのであちこち首を動かす。
彼の手を引いて行きたいところを示す。

「見て、なんか変なものがある」

「お前より変なものなんてどこにもないだろ」

この口の聞き方だけは変わらない。
生意気なのだが可愛い。

「もう、ローは私のこと変って言うけど元は人間なんだから泳ぎが上手いわけないでしょ」

何度も説明しているのに。

「おれだってもっと上手く泳げる」

「カナヅチじゃん。溺れる」

「泳ごうとしてるお前と同じだな」

ムム、言い返せない。

「夫婦喧嘩はやめて、あっちの酒場に入ろうぜ」

船員がいうが変な枕詞を使われ笑う。

「ふふ。結婚してないのに夫婦とか変なの。どっちかというと漫才かな?」

船員の間で暗黙の合図が走る。

「まただよ」

「無自覚め」

「船長もポーカーフェイスなのが理由だろ」



ナマエは示された店を見て入る。
他の酒場と変わらない空気。
慣れたな、うん。

「ロー、どこ座る」

彼は目でさらい、すんなり座る。
中を見て、行くと船員たちもローを囲む形に座る。
まるでこの界隈のボスみたいに見えてくる。
ここ一体の大ボスで、よく来たな勇者とか言いそう。

「よく来たな、ってセリフ言って」

「もうお前は座ってるだろ」

「世界の半分をくれてやるっていって」

「どうしたお前……」

今にも医務室に連れて行かれそうだ。

「雰囲気が凄いからついつい」

「なにがついついなのか訳が分からないが」

ノリに付いて来れないところがローの可愛いところ。
笑みを浮かべて見ていると顔を背けてお酒を飲む。
美味しそう。
私もちびちびのんでおつまみを嗜む。
うーん、塩辛くて美味しい。

「陸の食べ物美味しい」

「もっと上手いのがある。あとで買いに行くか」

「うん!」

もぐもぐとしながら頷く。
足が出来るようになってから好きなだけ美味しいものが食べられるようになった。
ヒレのときからも好きなものを食べていたが、人前に出られないからね。

ローが食べ終えたら出店を回る。
クレープ美味しい。
飴美味しい。
お肉美味しい。
2人で食べる。
船員たちは全員各自バラバラに動いている。
自由時間ってやつだ。

幸せー。
ムグムグしているとローが口を拭く。
世話を焼けなかったけどいつの間にか世話を焼かれるようになった。
どうしてこうなった……。

「ローは良いお兄ちゃんだね」

「……あァ」

ローには妹が居たと聞いた事がある。
あの事件で亡くしたけど。
けれど、こういうところは今も残っているのだ。

「このぷちぷち感最高」

食べているとローが食べ終わっていて、向こう側をジッと見ていた。
この顔、そろそろ一人で放浪の旅に出るな。
彼は一人でぼちぼちするのが好きみたいで、フラッと居なくなる。
それがハートの船員達はもどかしいけど、ローがすることならと我慢していた。
我慢強いよね。
私なら心配で引き止めちゃう。

「またどこかに行く?」

「そうだな。ホテルに行っておいて部屋を確保しとくか」

意味が違ったけど良いや。
ホテルか、楽しみ。
この世界のホテルって特色強いんだよね。
島によってサービスも違う。
旅の醍醐味。
ふと、抱きしめたくなったので横から抱きつく。

「なんだ」

怪訝そうに言うけど慣れた声音。
抱きつき慣れるくらい抱きしめているもんな。

「急にしたくなったから。駄目だな私」

ぬいぐるみ扱いしてるんじゃないよと苦笑する。

「好きなだけすればいいだろ」

「やった」

ローはもう大人だから守るところなんてなくなっちゃったよ。
逆に守られている。

「おれも触って良いか」

「ん?良いけど?」

確認されるなんて珍しきこと。
首を傾げて頷く。
ソッと背中に手が置かれる。

「ずっと触れたかった。だが、勝手をする手前、下手に触れ合うと情が移るからな。あの時はドフラミンゴの元で活動していて、余計に近寄ったままで良いのか迷っていた」

「会ったときから私のこと大好きだったよね?良く会いに来てくれたでしょ」

「解剖目線で見てただけだ」

本気の部分もありそうで嘘だって言えない。
幼少期のローは無邪気にカエル手で持ってたし。
こういう風に語り合えるようになったのは本当にコラソンのお陰であり、ローの試練を超えた結果だ。

「割と酷い俯瞰だ」

「お前のお陰で耐えられた所はある」

「え?どこ!?具体的に!」

言わなきゃ良かったという顔しないでよ。
もう!

「言ってよ。おねがーい」

頼みまくる。
彼に褒められるのは凄く嬉しくて、ついついわがままを言っちゃう。

「……聞いてどうする」

「私が嬉しいってだけ?」

首をかしげながら告げる。
なぜかため息をついてローはこちらを見る。
お、褒めてくれるの?

「アホさ加減」

貯めた割に嫌な方向だわ。
褒め言葉って聞いた本人もニコニコしたくなることだったよーな。
がっくしなる。
最後まで聞けと聞こえて顔を上げる。
彼は手になにかを持っていた。

「やる」

とだけ、それだけ言われて渡されたものの、私の誕生した日でもない。

「開けろ」

「くれたんだ?」

シンプル過ぎて把握出来なかった。
ガサゴソと開けるとパールの付いたネックレスで、感想を言うなら高そう、といったところか。

「どうしたの?なにか良いことあったの?」

「自分で言うことではないが、おれの誕生日があった」

「あ、そう、だね」

え、逆じゃね?

「だから、まァ、報酬だな」

報酬という発言にハテナが飛ぶ。
なにかした覚えはなく。
困るなと戸惑っているとローはおれが生まれた日を祝うのなら、渡すべきだと思ったと説明された。
うーん?
わかんないや。

彼はそれ以降、なにかを話そうとせず二人で無言。
景色を眺めていた。
暫し無言を堪能した後、ローにネックレスつけてくれる?と聞く。

「良いぞ」

断られると思っていたのにネックレスをつけてくれることになった。
め、珍しい。
ドキドキしたけど我慢してジッとする。
余計な事を言ってやめられても困るもん。
カチとハマる音。
顔を上げてネックレスの部分を触る。
ツルッとした感触に頬が緩んだ。
ありがとう、と熟れた頬で述べるとローの眉間がキュッとなる。

「無くすなよ」

普通の顔になって、ぶっきらぼうに言う。
長年共にいる私には分かる。
彼は照れを誤魔化していると。
心の中は幸福で満たされ、なんとも言えないむず痒さもある。

返事をする代わりにぎゅうう、と抱きついた。
海越しでできなかった分も含めて念入りに。
抱きついていても怒られないということは、無限に抱きつけるボーナスタイムなのでは。

「そろそろやめろ」

照れ屋さんになったのか耳元に聞こえる。

「これからも抱きしめて抱きしめて、絶対に見守るからね」

「オマエの方が早死にしそうだからおれが見守ってやるよ」

酷い!




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