僕は、僕は何者なんだろうか。

バケツの中身をひっくり返したような雨の音がそんな僕の声をかき消した。いや、かき消してくれた。
こんな言葉、君には届かなくていいんだ。
教室は雨のせいかやけに暗くて、彼女の表情はよく分からない。

「え、今なんて?」

彼女が頭を少し傾けて僕の方に耳を寄せる。そんな仕草にもどぎまぎしてしまう。

「いや、なんでもないよ。」

僕は彼女の体を突き返すようにそう言った。
すると不満そうに、そう?と離れた。
二人きりの教室は、じめりと湿気が立ち込めていて、首もとに伝う汗が夏の温度を感じていた。
そして君が下敷きで扇ぐ度、僕のうざったい前髪も揺れるのだった。

「ねぇ、電車、いつ動くかなぁ。」

豪雨のために止まった僕らの通学手段の電車。きっとあと一時間は動かないだろう。
伝えると、彼女は大きくため息を吐いた。
どうやら今日は彼氏とのデートの予定が入っていたらしい。
それを聞いて、僕は、心の中でほくそ笑んだ。やった、と。

「…あれ、そういや私たち、話すのって初?」

再びこちらに身をのり出す。
この高校に入学して、三ヶ月。しかしまだクラス全員の顔と名前が一致しないということもある。だからきっと君がそう言うならば、そうなのかもしれない。
もっとも、僕は彼女のことをずっと目で追いかけていたので、そのような気はしないのだけれど。

「そうかもしれないね。」

「だよね、話す機会無かったもんな。でも、私、知ってたよ。」

僕を指差して、顔と名前。と笑う。

「…えっ?どうして?」

もしかしたら、もしかしたら君も僕と同じ気持ちなのかと少し期待したけれど、なんてことはなかった。

「だって、このクラスの中で一番可愛いって思ってたからさあ。」

まるで、それはナイフのよう。僕の心にぐさりと刺さった。

「私も絢子ちゃんみたいな女の子らしい可愛い顔に生まれたかったなぁ。」

眉を下げて、困ったように笑う彼女にはきっと一片の悪意もない。
だけれど、僕は紛れもなく僕なのであって、本当のところは少女なんかじゃないのだと。そう、叫びだしたかった。
君にだけは、その言葉、言ってほしくなかった。

「…クラスで一番は、ぼ…わたしは、藤本さんだと思うな。」

「え!?私?いやいや私なんて、絢子ちゃんの足元にも及びませんよ。」

快活に笑う彼女は、やはり可愛くて。
絶対に僕の容姿なんかよりもずっと少女らしいと思った。

「…ねぇ、わたしね、」

生まれてこの方男を好きになれたことなどないし、ましてや自分を女の子なのだと思ったことなど一度もない上、僕の中の少女らしい部分など微塵も必要じゃないと思うのです。
僕は、男なのです。
だから君が可愛くて仕方がないし、愛しいし、つまりは君に恋をしているわけなのですが、僕はおかしいのでしょうか。気持ち悪いですか。
女ではないが男にも成り切れぬ、僕は、一体何者なんでしょうか。

そのような言葉をぐるり、飲み込む。

「…藤本さんに憧れていたから、今日、話せて嬉しいよ。」

そう、女らしいと言われた顔面に笑顔を貼り付けた。















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