パシャリ、パシャリと狭い部屋に音が響く。おそらくカメラの試し撮りをしているのだろう。
私は少しため息を吐いて、スーツの襟を正した。
私は記者で、これからこの部屋に来る女優を苛めるように問い詰めるという仕事をしなくてはいけないのだから、そりゃあため息くらい出る。

「せめて…来るのが春野百花ちゃんだったら良かったのに…」

私と同じく記者で、たびたび記者会見で顔を合わせる鈴木くんはすっかり覇気のない顔をしてそう肩を落とした。
春野百花ちゃんというと今人気絶頂のアイドルだ。
ただ単にファンなのか、なにかスキャンダルがあれば話題になるという点で意欲が湧くのかは知らないし別に教えて欲しくもないが、この場で言うことではないなと眉をひそめる。
彼のがっくり下がった肩を叩いて注意しようと思った矢先、パシャリ。とフラッシュのたかれる音がした。
それを筆頭にまたパシャリパシャリ、パシャパシャと狭くじめりとした部屋に不釣り合いな眩しさが破裂した。

女優が入室したのだ。

その女優は射ぬくような瞳で私たちを見渡し、一礼した。
まるで舞台上に立っているような振る舞いだった。それに私たちは一気に彼女に見入ってしまう。カメラの音もなく、沈黙が、一瞬だが確かに沈黙の空気が流れた。
さすがはベテランである。
年齢を感じさせない艶のある唇を浮かし、この度は、と切り出した。
その瞬間に思い出したようにフラッシュが、音が、響く。

「桜木さん!芸能界を引退される理由は!」

「桜木さん!旦那様との不仲説は!」

「桜木さん!」

そこらから次々と聞こえる問いに女優、つまり桜木ほのか五十二歳は、ゆったりと瞬きをしてにこりと微笑んだ。
それは、この問い戦場の渦中にあるとは思えない落ち着いた笑みだった。私たちはまた息を飲み、沈黙に潰れる。

「私は、もう美しくないのです。」

桜木ほのかは顔に微笑みをのせたままにそう言った。ぴんと糸が張り詰めたような空気に彼女の声だけが響く。

「美しくいられないのなら、皆さまの前には立たない。立てない。…引退するのは、そのような理由からです。」

凛と立つその姿は、さながら侍のようだった。十二分に美しいその姿に誰も声を出せなかった。
以前から、不思議なことを言う女優、名言メーカーなどと話題に上がっていたが、まさかここまでとは。目の前のたった一人の女優から目をそらせなかった。

言葉一つで、たくさんの記者を黙らせてしまうとは。
でも、妙に納得してしまうのは、彼女の目にはきっといつも曇りが無かったからだ。立ち姿が凛としていて綺麗だからだ。言葉が真っ直ぐに何かを射ぬいているからだ。そしてそのすべてに混じり気は少しもない。
そんな彼女の嘘のない振る舞いはいつも人を魅了していたのだろう。
過去形にしてしまうのは勿体ないと思うくらいには。

彼女が深々と頭を下げると、フラッシュの音によく似た、たくさんの拍手の音が響いた。
これからもうやめるというのに、こんなに多くのファンを作ってしまうなど。きっと天職だったろうに、と私も手を叩いた。

偉大なる女優に惜しみない拍手を。














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