「え、今なんて、」

「結婚するの、わたし。」

柔らかい春の日差しが射す窓際の席。
彼女はコーヒーのカップを指でなでながら吐き捨てるようにそう言った。カップを指でなでるのは彼女の昔からの癖だった。
私はというと、喉元を通ったばかりのはずのミルクティーがまたせり上がってくるような感覚がして、なんとか抑えた。

「えぇと…式、とかは、いつなの。」

抑えて、抑えて、出てきたのはくだらない質問。別に、知りたくもないのに。行きたくもないのに。あなたと誰かの愛を誓う結婚式なんて。
すると彼女はふふっと鼻をならした。
止めてくれないのね
そう小声で呟いたような。

「ねぇ、わたし、あんたのこと好きだったんだけどさ。」

窓越しに見えた、外の花壇に植えられた揺れる花たち。春一番とは言えないが、強い風が吹いたようだ。そこらでぴょんぴょん歩いていた雀たちも飛んで行ってしまった。
そして彼女はそれを見ながら、コーヒーをすすった。


「私も、好き…だったよ。」

やっと返せた言葉は嗚咽か上がってきたミルクティーか分からないけれど、とにかく何かに混じって水分を含んで揺れていた。
泣くほど彼女のことを好きだったなら、なぜもっと早く言えなかったのだろうか。そうしたら、もしかしたら、彼女は私とずっと居てくれたかもしれないのに。

今、自分がとても憎い。

「好き、だった。とても、好きだったよ。だから、幸せに。どうか幸せでいて…っくだ、さい。」

彼女がカップをなでるような、いつもの癖のような、そんな手付きで私を優しく撫でたものだから、私はまた涙をこぼした。
嗚咽やミルクティーや愛しさや後悔が混ざり合い、喉元で海辺の波のように往復する。

「幸せに、なるわ。絶対に。」

彼女は私を撫でながらそう言った。大事そうに、そう言った。

きっと彼女も私も同じ気持ちだったけれど、もう取り返しはつかない。過去形にして吐いた感情は取り消せない。
だから私は溺れてしまった時ように、喉元で行き来する水分みたいな何かを、言葉を、きっとこの先もずっと言わない。

まだ愛してるだなんて、言わない。














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