「…あんたそんな格好して、今からどこに行くつもりなの?」

お酒でがらがらになった声で問う。にやりと笑うその唇の隙間からはたばこのヤニで黄ばんだ歯が隠れ切れずに見えていた。お母さんの声が綺麗だったのは、いつまでだっただろうか、歯が白かったのは。

そんなことを考えていた。
もう、終わりだと。私は諦めた。
サヨちゃんごめん。

「ねぇ、お母さんあんたに聞いてるんだ、け、ど。」

髪をわしづかみにされてお母さんの目線の高さまで持ち上げられる。背伸びしても足りない身長が憎かった。髪の抜ける寸前の軋む音が鼓膜を通り、脳を揺らすようだった。ごめんなさい、ごめんなさいと謝ると、そのまま壁に叩きつけられた。頬の骨が壁とぶつかり鈍い音を上げた。あぁ!と私の声が漏れたのをお母さんは汚ないものを見るような顔で見ていた。

「なぁ!謝れば済むと思ってんの?…そうなのかって、聞いてんだ、よ!」

痛みでうずくまる私の背中を何回も踏みつける。口の中が鉄の匂いで溢れ、口の中が切れたのだと私は気付いた。

「おか、あ、さん…っごめ、なさ…」

そのとき、お母さんの後ろに人影が見えて、その影は思いっきり何かをお母さんの頭目がけて振り下ろした。
からからと転がったそれは昔は元気だったお兄ちゃんにとお母さんが買った金属バッドだった。

「リンコちゃん早く!」

サヨちゃんは、今にも泣きそうな震え声で私に手を差し伸べた。
鶏の命を「返した」ときのサヨちゃんとは違い、動転しているようで私は急に不安になった。サヨちゃんは神様なんかじゃないんだなって。

それでも私は手をつかんで、逃げる他ないと立ち上がった。私の不安が手から伝わったのか、サヨちゃんは小さくごめんね、と呟いた。
こちらこそな言葉だと、少し涙がでた。














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