「お姉さん、名前はなんていうんです?」

「夏の海の光と書いて、なつみこう、です。」

「綺麗なお名前ですね。」

「よく、言われます。」

暗い照明に照らされた彼女の口元がゆるりと弧を描いた。
でも名前だけじゃあなぁ、と呟いて彼女はジョッキを手にとりぐいっとビールを飲み干した。
居酒屋で相席になったこの夏海さんはやけにかっこいい女性で、私はつい顔を伏せてしまった。

「あなたのお名前は?」

「私は…あ、私の名前はそんなに綺麗じゃないですよ?木に夕暮れの暮れに実るで、こぐれみのるです。」

「…へぇ!かっこいいじゃないですか。みのるさん。」

「男みたいで嫌なんですけどねぇ。」

名前なんて飾りです。偉い人にはそれが分からんのですよ。と夏海さんはからからと笑った。何の名言なんですか。と私も少し笑ってしまった。
相席になっただけの初対面の私でも彼女が感じのいいさばさばとした女性だと分かった。初めて会った気がしないというのはこのことか。

「いやぁ、本当に。名前なんてものは…。」

急に何かを思い出したように彼女はふと真顔になって、ぐいっと顔を近付けた。

「ねぇ、私と本当に初対面だと思います?」

「え、いや、そうじゃないんですか?」

「まぁ、ですよねぇ。…だとしても、もう随分昔の…はなし。でも、みのは。」

そこまで言うと何かの糸がきれたように彼女は机に倒れこむようにして眠ってしまった。まだ、その名前をあだ名を、覚えてくれたのですか。

忘れるわけがないじゃない。初対面なんかじゃないことくらい、一目で、夏海お姉ちゃんだって、分かった。相変わらず綺麗でかっこいいお姉ちゃん。
お姉ちゃん、目を覚ましたらあの日の続きのはなしをしよう。上手く告白出来るかなんて分からないけど、頑張るね。

髪をそっと撫でたら、みの。と呟いたので私はたまらなく愛おしくなってしまって。
あぁ、早く起きないかな。














×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -