treasure | ナノ
 
深海バッドヒーロー
 


青峰大輝。 
この間、僕が屋上まで逢いに行った人の名前。 


別にわざわざ誰かに聞いたわけじゃない。僕がまともに学校へ行っていた頃から彼の名前は有名だったし、今に至っては僕と彼は同じクラスだ(まぁ当の本人は僕のことを全く知らなかったようだけれど) 


あんな怖い不良、このまま学校から消えればいいのに。 
クラスメイトの言葉。 


みんな、黒子君が学校に来るのを待っていますよ。 
教師の言葉。 

僕の前方には、空を見上げる一人の長身の男と、彼を囲むようにして転がっている十人ほどの不良集団。 


なんでこんなことになっているのか、と甚だ疑問である。 


初めは、ただいつも通り学校を休んで、それで暇だったから通学路周辺を適当に散歩していただけだったんだ。 
そうしたら近くから何やら言い争う声と殴り合う音が聞こえてきたもんだから、誰かが喧嘩でもしているのかと、どうせ暇だから見物でもしようかと、そう思って野次馬しに行っただけだったんだ。誰も僕の存在に気がつくはずがないから、喧嘩に巻き込まれること明日も学校を休もうと思った。 
それが、昨日の話。 








現在は3限目です 

ええ、本来なら 








血と、血と、砂と、血。もないだろうと思って。 
ちょろっと見たら、すぐに立ち去ろうと思ってたんだ。 
そう、思ってたんだ。そこに一人で立ちすくむ、青髪の男が目に入るまでは。 


「…しっかし、ボロ勝ちじゃないですか、これ」 


学内の噂もあながち間違ってませんね。そんな僕の呟きは彼には届いてないようだった。たいして遠くない距離から見つめている僕に気がつく様子もなく、青髪の男ーー青峰くんーーは相も変わらずじっと空を眺めている。 


深い、青だ。 


あの日に屋上で話した以来、彼とは一度も会っていない。まぁ僕が学校にすら来ていないからそりゃあ当たり前なんだけれども。 
決して、もう二度と会いたくないなどと思ったわけではないのだ。また話をしてみたいと、そう素直に思ったのは事実で。あんなに悪い噂しか渦巻いていない男なのに、僕に語りかけたあの低い声は、想像していたよりもずっと優しかったから。 


優しかった、けど。 

だからこそ彼は、僕が想像していたよりも、ずっとずっと太陽に近かった気がしたのだ。 

(同じかと、思ったのに) 


過去に一度だけ廊下ですれちがった時の、彼のあの髪が、彼のあの瞳が、彼のあの青が。それがあんまりにも深かったものだから、もしかしたら彼も深海の人間なんじゃないかって、そう思えてしまったから。 


だから、あの日は屋上へ行ったのに。 


僕の目に映る彼は、飽きずにまだ空を見ていた。何を見ているんだろう、飛行機でも飛んでいるのか。 
青い髪、青い瞳、褐色の肌、大きな手、広い背中。やっぱり、太陽に手が届きそうだと思う。 


結局は、彼は陸の上だったのだ。 
僕なんかとは似ても似つかない。 



(愚かです、ね) 



空は快晴。 

ぶくぶくと、沈んでいく。 











キラリ。 


その一瞬に気がついた自分を、後になって心の底から褒めてやりたいと思った。 
ただ、頭が真っ白になったのだけは覚えてる。青峰くんがどうだとか、ポケットから覗くナイフだとか、自分が不登校だとか、青空だとか深海だとか何だとか、この時ばかりは全てが頭から抜け落ちていた。 


何も考えていなかったように思う。ただ、急いですぐ側にある石垣によじ登って、その勢いのまま狭い道を駆け抜けた。距離はほとんどなかったけれど助走を取るには十分で、のんびりと寝そべっていた猫が大慌てで逃げていく。 




そして、飛んだ。 




そのままの言葉の通りだ。飛んだのだ、僕は。まぁ正しく言えば飛び降りた、なんだけれども。透明な空気は無抵抗で、僕を遮るものは何もない。目指すべき着地点は、分かっていた。あの、汚れたブレザーの上。 


空を飛んだ瞬間、きっとたぶん、青峰くんと目が合った。びっくりしていた気がする。少なくとも、廊下ですれ違った時や屋上で話した時には見られなかった顔だった。アレだ、えーとなんだっけ?そう、アホ面ってやつ。 



(変な、顔) 



とんでもない音と共に、僕は地に(あ、間違った不良の背中に)着地した。本当にとんでもない音で、グシャリだとかガコンだとか、とりあえず平和に日々を送っていれば決して遭遇しないような音だった。 
踏みつぶした男はピクリとも動かない。どうやら、僕の人生初の飛び蹴りは見事に成功したらしい。 


下敷きになった背中の上でくるりと振り向けば、そこにあったのはやっぱり思った通りのアホ面だった。いいや、それは嘘だ。思った以上にアホ面だった。これはまずい、笑いが抑えきれない。 
おいおい、いかつい男たちを地に沈めていた、さっきまでの極悪非道な不良少年はどこへいったんだ。とりあえずそのあんぐり開いた口を閉じたらどうなんだ。 
だめだ、顔がゆるむ。そこで気がついた。 


彼と逢った時以来だ、笑ったの。 



何だか無性に気分がよかった。身体が軽く感じる。空を飛んだからかもしれない。とにかく気分がよかったんだ。だから仕方がないと思うんだ。僕が、あんなことを口走ったのも。青が深い。 







「ヒーロー参上、です」 






何をすればいいのかわからなかったから、とりあえずピースをしてみた。ピースなんてすごく久しぶりにした気がする。少なくとも、不登校になってからはしたことがない。 


僕は青峰くんを見た。 
青峰くんも僕を見ていた。 
僕はピースをしていた。 
青峰くんはアホ面だった。 
空が青かった。 
青峰くんはそれよりも青かった。 
初めは深海の色だと思った。 
そうであってほしいと思った。 

青峰くんが、破顔して笑いだした。 
驚い、た。 



「ははっなん、だよっヒ、ヒーロー、って!」 



青峰くんはお腹を抱えてゲラゲラと笑っている。そんな彼に、今度は僕がアホ面になる番だった(青峰くんは僕の表情の変化に全く気がついていないようだったけれど) 
「石垣の上から飛び蹴りするヤツとか初めて見た!」「そりゃあ、普通に攻撃したら負けますからね」そうやって彼の言葉に適当に声を返している間も、僕は驚いていた。どうなっているんだ、これは。 


過去に一度だけ廊下ですれちがった時の、彼のあの髪が、彼のあの瞳が、彼のあの青が。それがあんまりにも深かったから、だから、あの日僕は屋上へ行ったのだ。 


でも、違うと思った。彼は陸の上の生き物だと思った。なのに、 



「最っ高だわ、お前!」 



青い髪、青い瞳、褐色の肌、大きな手、広い背中、そして馬鹿みたいに楽しそうな笑い声。空をずっと眺めていたその目は、今は僕だけを捉えたままだ。 




(なんだ、) 


シーラカンスの声だって、彼の耳に届くことがあるんじゃないか 




本当は、分かっていた。あの日彼に逢いに行ったのは、空が見たかったからだ。 
彼と一緒ならば、見られる気がしたのだ。根拠なんかない。事実、あの日はどんよりくもり空だった。 
だけど、見られる気がしたのだ。彼となら、眺めていても消したくなることのない、綺麗に澄んだ青空が。 



「来週、学校来いよ!」 

「そうですね、善処します」 



少しくらい、浮上してみようか。まだ陸に上がるのは無理だけれど、でも、また彼に逢いたいと思う。はたして僕は、肺呼吸の仕方をまだ覚えているだろうか。 
あ、まずい、やっぱり教室に行くのは無理かもしれない。 



「君が待っているのなら、考えてみますよ」 

「ははっ、あったりまえだろ!」 



じゃあ、保健室登校くらいならしてもいいか。それで、また屋上にでもこっそり逢いに行こう。 
きっと嫌な顔を浮かべるであろう保険医と、急に現れる僕に驚くに違いがない青峰くんのことを想像したら、またもや可笑しくてたまらなくなってしまった。 







深海より、
 
愛を込めて 








→Thank you! 
『空中淑女』のちよ子さまより頂きました!^^ 
ちよ子さま宅の「青空バッドヒーロー」が好きだと言ったら番外を書いてくださいまして…、わがままを言ってしまったようですみませんでもやっぱり好きですーっ!!!>//< 
黒子っちがヒーロー参上、と言うシーンがとくに好きだったので黒子っち目線で読めて感動と興奮で身もだえしました…! 
ぜひ青空シリーズ揃えて読んでみてください、ちよ子さま宅へはloveから行けますよ〜^^ 

改めましてちよ子さま、相互共にこんな素敵な贈り物をどうもありがとうございました!これからもよろしくお願いします^//^