treasure | ナノ
 
百合さんより
 


「―黒子っち!」 

薄暗がりのなか、ぽつりと浮かぶ淡い水色に駆け寄る。 

「黄瀬くん、こんにち‥、もう、こんばんはですね。お仕事お疲れさまです。」 

手元でパタリと閉じた文庫本をメッセンジャーバッグに仕舞いながら、ことり首をかしげる仕草に頬が緩みそうになる。 
がしかし、そこを堪えてちょっとばかり眉を上げる。 

「そうっスもうこんばんはの時間!だから、店の中で待っててって、言ったじゃないスか‥」  

嬉しいことに日課になりつつある、寝る前の至福な数分間の電話。 
仕事で埋まってしまった日曜日を嘆いていると、終わってから一緒にごはんしますか?と珍しく、かなり珍しく彼のほうから誘いをかけてくれた。 
それに一も二もなく頷き飛び付いたのは昨夜の記憶に新しい。12月ともなれば空気はキンと冴える。日が落ちればまた一段と。 
そんな中で大好きな人を待たせるなんて絶対にイヤで、あったかいとこで、店のなかで待っててねと電話口で幾度と繰り返した。 

予想はしていたし予め伝えてもいたが、待ち合わせの時間をじりじりと押すスタッフに若干口元をひきつらせながらも挨拶を済ませ、小走りで目的地を目指す。 
挨拶とお礼は人付き合いに大切な基本ですよと彼が言うから、これは蔑ろにできない。 
吐息が白く昇り空気の変化を感じつつ、待ち合わせに指定した店までもう少し、という所で見慣れた髪色が浮かんでいることに、ああ、と若干情けない溜め息をもらして足を早めた。 

「あーほら、こんなに冷えてるし!」 

握った白い指先は見た目同様に温度がなかった。 
対してちっちゃな鼻先や耳たぶは寒さからだろう、赤味がさしている。 
思わず細い手首を口元まで引いて、はぁー、と息を吹きかける。「・・あの、女の子でもありませんし、そんなに‥」 
「そういう問題でなくて、黒子っちに寒い思いをさせたくないんス」 

手首を握ったまま、ほら、店に入ろうと促すと、ぐっと予想外に踏ん張られて足が進まない。 

「黒子っち?」 
「・・ぼくが、黄瀬くんに少しでも早く会いたかったんです。だから、いいんです。」 

マフラーに覆われている口元からぽそり、呟かれる。 
その言葉をすぐには理解できず、ゆっくり咀嚼して飲みこんでそして、うわぁ、と声を上げる。 
彼の口から出る言葉はいつだって辛辣で(そんなのも好きだけど)、聞き慣れない言葉は本当に貴重で。 

「ほ、ほんとに?ほんとのほんとっスか?」 
「・・‥はやく入りますよ。」 

ふん、とでも言いたげに顔を背け、先ほどと違い率先して店へと足を運ぶ横顔の頬の赤味が、寒さのせいではないことをじわじわと実感し、本日の撮影以上のいい顔をしてるんだろうなぁと考えながら慌てて彼の後を追った。 




→Thank you!! 
「はちみつばち」の百合さんより相互記念に頂きました! 

なんというかとりあえず、くろこっちーーーー!!!と叫びたくなりました欲しいですもう可愛いい……!! 
黄瀬がくろこっちだいすきな感じがたまらなく愛おしくて、それにどの言葉ひとつとってもセンスのよさが溢れてます。絵を拝見していても同様で、絵も文も才能があるなんて羨ましい限りです*´`* 

改めまして百合さん相互ありがとうございました!私はもう百合さんのファンの域なので恐れ多いくらいですが、これからもよろしくお願いします