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確かめるような愛は持ち合わせていません
 



赤組の応援団が終わり、珍しく額に汗を浮かべた祐希が人の輪から外れた要たちを見つけてとろとろと歩いてくる。 
あの凛々しい姿はどこへやら、いつも通りのすっかり気の抜けた様子に苦笑いを浮かべたのもそこそこに要は歩いてきた祐希に手を掴まれて、尚も足を緩める気配のない彼と同じように歩き出すしかない。 
背後から春と千鶴が何か言っているのが聞こえたけれど、祐希は耳を貸す様子もなく要は状況を理解するのに精一杯で何を言っていたのか気にする隙もないまま校舎裏に連れていかれた。 



「何すんだよ、まだ終わってねえだろ」 

掴まれた腕を振り払うと存外あっさりと離された手に拍子抜けする。別段機嫌を損なっている風でもなく、言ってみればむしろ機嫌は良さそうだった。 

「すっごい疲れた」 

「…はあ?」 

なにを当たり前のことを、と思いつつ眉を寄せると、祐希が一歩踏み出して要との距離を詰めてくる。 

「おい、祐希?」 

「俺頑張ったと思わない?」 

「は…、いや、まあおまえにしちゃ頑張ったんじゃねえの…」 

なにしろ万年無気力、熱心だとか一生懸命だとかそういうものと最も無縁なのがこの幼なじみだ。それを思って、要を囲うように校舎の壁面に手をついた祐希がことりと首を傾げるのに釣られて肯定を示してしまったのが間違いだった。笑みこそ浮かんでいないものの伊達に長い付き合いはしていないのである、その表情がどんなものかわからないはずがない。 
いかにも悪戯を思い付いた、とでもいいたげなそれ。 

「でしょ?だからご褒美ちょうだい」 

「なっ…、なんで俺が…!」 

「じゃあ要は俺が春とか千鶴にご褒美貰ってもいいの?」 

「いいよ!好きなだけ請求してこいよ!」 

だいたい祐希は「赤組」応援団である。なぜ応援もされていない要がご褒美などやらなければならないのか、と言っても通じないであろうこともまた付き合いの長さゆえにわかりきっていた。それでも反論せずにいられないのはもう性としか言いようがない。しかしそんな要の性をとうに理解しているはずの祐希は不穏に目を細める。 

「…ふうん、要は俺が春とか千鶴にあんなことやこんなことして貰ってもいいんだ。へえ、そう」 

「っ…!な、…ん」 

第一にご褒美と称して要求するのが必ずしもそれである必要はあるのか、とも思ったけれど、祐希が他人、まして友人らとそういうことをするのを想像してしまって不覚にも項のあたりにちりちりと焼けつくような痛みが走る。思わず唇を噛み締めれば、祐希の心外そうな声が聞こえてきた。 

「…ちょっと、要?しないからね?いくらなんでも気持ち悪くてできないって」 

「うるせえな…わかってるよ…っ!」 

目の奥が熱い。この程度のことで、実際そうなったわけでもないのにどうして涙なんか。情けないのと見透かされて恥ずかしいのとで赤くなった顔を俯けると、無駄に綺麗な祐希の顔が覗き込んできて潤んだ瞳を見せまいと瞼を伏せる。

「かーなーめ、しないって言ってるじゃん」 

「だからわかってるっつってんだろ…っ」 

「うん、だからこっち向いてよ。ほらじゃあ俺がご褒美あげるから」 

「意味わかんねえ…俺何もしてな…、」 

「どっちでも一緒だよ、ご褒美あげるんでも貰うんでもすることは一緒」 

ね、と耳に馴染む優しい声音が耳を擽る。空気に溶けるような柔らかなテノールに無意識的に顔を上げれば、降ってきたのは触れるだけの軽い口づけ。 

「ふ…、っ」 

唇に続いて、赤らんだ目元や額、頬、終いには汗ばんだ首筋にまで口づけを落とされる。 

「しょっぱい」 

「っ、ばか…汗かいて…」 

「いいよ、気にしないから」 

囁きと共に移ろっていく唇の感触を皮膚に感じる度その場所に火を点されていくように身体が熱を帯び、取り返しがつかなくなる前にと制止の意味も込めて祐希のキャラメル色の髪をくしゃりと掻き交ぜた。 

「も…、いいだろ…っ」 

「ん」 

わずかに不満げな色を滲ませながらも屋外であることを考慮してか大人しく身体を離した祐希に安堵してほっと息を漏らす。 

「ほら、もう戻…」 

「まだダメ。要目赤い」 

促す目的で引いた手を、言いながら逆に引き戻されて身体をすっぽりと抱き込まれてしまった。いつもは低い体温が、未だ学ランを着たままのせいか異様に高くてどきりとする。 

「!」 

こういう、なんでもないみたいに見せる気遣いにいつも堪らない気持ちにさせられるのだと彼はわかってやっているのだろうか。 

「そんなの誰にも見せらんないでしょ」 

欠片ほど含まれる独占欲すら今は嬉しくて所在なく彷徨っていた手をおずおずと背中に回すと、肩口でくすりと笑う気配がした。 
その吐息が思いがけず耳を浚って、そのくすぐったさに身を竦める。 

「つづきはまた後でね」 

「っ、…」 

ばか、と詰る声はその言葉に反してどうにも甘ったるくて、誰が聞いても言葉通りの意味には受け取らないだろうことは要自身明らかだった。 



Fin 



―――――― 
11巻の応援団な祐希があまりにもかっこよくて…。祐希くんの言う「後でね」な展開を書きたいです。 
というか本当は学ランえっちが書きたかったのですこんなところはどうでもいいのです(爆)