日々是、 ※どちらにしろCP要素は薄いので問題はないかと思いますが狐一なのか銀一なのかよくわかりません 「―――狐太郎を喜ばせたい?」 「はい!」 「なんでまた急に…」 毎度のことながら唐突に切り出された一進らしいといえば一進らしいその提案に戸惑いつつも問うてみる。 「いつも狐太郎殿に何かをして頂くばかりで返せるものがないので…せめて、何かできないかと…」 「そうだなあ…」 気にすることではない、と内心は思う。 一進にそのつもりはなくとも狐太郎が一進に与えられたものはたくさんあるはずだ。 弟のことだけでも狐太郎には十二分に助けられたことだろうし、日々の中にそれはいくらでも散りばめられていることを銀次も感じている。あまりに純真無垢で悪気のないこの小さな子供は殺伐たる江戸の世にあってただ安堵だけを与えてくれる存在だ。 火消という正しく人の命を預かる職にあって組の者達がこんなにも穏やかだったことがかつてあったろうか。 「…十分返せてると俺は思うよ?」 「でも、それでは私の気が済まないのです、お願いします!」 「んー…」 改めてそう言われると、思い付かない。 一進が何もできないとか言うのではなくて、これ以上何をしてやることがあるのかと。 一進が来るまでの狐太郎に問題があったとすれば弟のことだけで、それが解決した今狐太郎は安定していると思う。武士だからと手当たり次第に憎むようなこともなくなった。まだ何かをしたいというならもう、身の回りの世話だとかお使いだとかそんな些細なことばかりだ。 「…じゃあ飯でも作ってやったらどうだ?」 「?ご飯、ですか?でも狐太郎殿は料理もお上手で…」 料理の手ほどきすら狐太郎仕込みの一進は眉尻を下げ目に見えてしゅんとしてしまう。その様子にも微笑ましさを感じずにいられない銀次は、俯いた一進の頭をしばらく撫でてやってから頬に手を滑らせて顔を上げさせた。 「上手いとか下手とか関係ないだろう?人が作ってくれたって事実が嬉しいんじゃないか?」 「!銀次殿も、嬉しいですか?」 「ああ、嬉しいよ」 銀次の言葉にぱっと目を輝かせた一進ににっこりと微笑む。 「っ、ありがとうございます!」 「頑張れよ」 「はい!」 急いているのだろうに、やはり教育の違いかあくまで礼儀正しく腰を折った後すぐさま踵を返して駆け出して行く一進の背中をまるで父親のような気分で見送った。 * 銀次に助言をもらってすぐに縁側に腰かけている手持ち無沙汰な様子の狐太郎の姿を見つけ、庭から回り込んで彼の元へ走った。 「狐太郎殿!」 「あ?チビ?」 「これから何かご予定はございますか?」 「?いや、ねえけど…」 「!じゃ、じゃあ、今日の狐太郎殿の夕餉は私が用意してもよろしいですか?」 「は?」 銀次とのやりとりの一分も知らない狐太郎にしてみればいきなりすぎる提案に、切れ長の瞳が僅かに見開かれる。 しかし勢い込んだ一進の様子を見ると、途端にふっと表情を緩めて興奮で仄赤く染まった頬を軽く引っ張った。狐太郎にはよく大福餅のようだと言われる子供らしいふっくらとした頬はふにふにと柔らかく、狐太郎の気に入りの触感のようだった。 「食えるもんにしろよ」 「っ!こ、狐太郎殿に習ってるんじゃないですか!」 「だったら尚更、失敗なんかしたら許さねえからな」 薄い唇がニッと弧を描く。 こんなことを言いながらも、頬を摘んでいた指はもうただ戯れのように頬をくすぐるだけだ。至極優しい仕種。 そう、彼は優しいから、たとえどんなに不味いものを作っても食べてくれるだろう、だからこそ狐太郎には及ばないことなど承知の上でできるだけ美味しいものを作りたい。 「はい、頑張りますっ!」 どことなく心配そうな表情の狐太郎に笑顔で返して、再び駆け出した。 台所にはどうやら今日の当番だったらしい銀次の姿があり、一進の顔を一目見るとにっこり微笑んでくれた。 「ついでに手伝ってくれるか?」 「はい!」 「狐太郎の分は任せるな」 ぽんぽんと軽く頭をたたきながらの優しい言葉に強く頷き、銀次の手伝い兼狐太郎の夕餉作りに取り掛かった。 * 「……」 「よし、じゃあ運ぶか」 「…っ、あの、やっぱりこれ、は、私が食べ…」 「何言ってるんだ、狐太郎のために作ったんだろ?」 そうは言っても、こうして並べられて出来の違いを見せられるととてもじゃないが人様に食べさせられるような出来ではない。 銀次の料理を食べられない狐太郎の方が可哀相に思えてくる。 「…あのな、出来の良し悪しなんてどうでもいいんだよ。料理は愛情だ愛情、な?」 「っ…でも」 「もし狐太郎が文句なんか言ったら俺が食ってやる」 「!」 悪戯っぽく笑う銀次の表情に、少し泣きそうになってしまった。 どこまでも優しい彼のその言葉に励まされてどうにか配膳を終えると、丁度時間になったのか狗吉や織之助が喜々として座敷へやって来る後ろに狐太郎の姿も見えた。 心の臓がどくっとひとつ大きく脈打つ。やはり何を言われたところで緊張しないなんて無理な話だ。 狐太郎がいやな顔をするはずもない。だからこそ無理して食べてくれたとしても、一進には気付けない。 「…っ、あ、あの、狐太郎殿…!」 「ああ、ありがとな」 「!え…」 「あ?お前が作ってくれたんだろ?」 これ、と言って狐太郎が指差す御膳は他とは明らかに違っている。狐太郎の言葉を聞き付けた狗吉がそれを覗き込んだ。 「えーっなになに、進坊が作ったの?コタさんずるい一人だけっ!!」 「知るか!チビに言えよ」 「交換しよ交換!」 「ふざけんな、誰がっ!」 狗吉の、有り難いはずの提案を一蹴する狐太郎の言葉に胸が締め付けられる。それはく組に来てから、狐太郎と会ってから何度も感じた気がする、苦しくもひどく優しい感覚だった。 取り合って貰えるようなものではないのに、狗吉も狐太郎も戯れでなく言ってくれている。 揉める二人を前に言葉を失う一進の頭を慣れた手つきで撫でながら、銀次が小さく微笑った。 「よかったな。まあ、ちょっと残念だけど」 「え?」 「俺も食べたかったなあと思ってね」 「!あ、また…っ、手伝わせてください…!」 「頼むよ」 一進の髪をくしゃりと掻き混ぜて座敷に腰を下ろした銀次の隣に急いで並ぶ。 しかしなぜか狗吉と狐太郎にじっと見つめられて、やっぱり美味しくなかっただろうかと銀次の袖をきゅっと握ると狐太郎の眉間にしわが寄った。 一進がそれにまた身体を緊張させると、袖を掴んだ手から銀次が身体を震わせて笑っているのが伝わってきて首を傾げる。 「っはは!一進、俺は嬉しいんだけど、向こう行ってやってくれるか?狐太郎と狗が拗ねるから」 「な…!ちょ、誰がっすか銀次さん!?」 「進坊おいでよー」 銀次が指すのは狐太郎と狗吉が丁度一人分空けて座るその間だった。 ムキになって否定する狐太郎と手招きする狗吉に共通する意図と銀次の台詞の意味をやっと理解して、銀次の袖を握りしめた手と共に顔が笑みに綻ぶ。 「…っ、ありがとうございます」 じわりと滲む視界に映る何気ない日常が、くらくらするほど眩しかった。 日々是、幸せ (やっだ、進坊なんのお礼?) (もうお前ちょっと黙ってろ) Fin ―――――― いつものことながら無駄に長くてすみません´` でもそんなことよりまずこれは狐一なの銀一なの?っていう大前提…。銀次さん好きすぎて出しすぎましたあれーおかしいなー |