言わぬ優しさ、聞かぬ卑怯 ※狐→←一←狗 「あ、あの狗吉殿…」 「ん?なに?」 「あの…っそ、…相談があるのですが…」 いつものように一進とふたり、要が貰ってきたお菓子を頬張っていると、薮から棒にそう切り出された。 「!なんだ、そんなこと。いいよいいよ」 少し落ち込んだ様子だった一進を心配していたのだが、彼の方から打ち明けてくれるとわかって嬉しくなった。 来たばかりの頃を思うと感慨深く思う。 狗吉は特別年が近いから気安いというのもあるのかもしれない。狗吉も一進が来てから楽しくなったのは事実だ。 「どうしたの?」 「その…狐太郎殿の、ことなんですけれど…」 「コタさん?」 最近はそれほど深刻な喧嘩はしていないように思う。言い合いなんかはいつものことだし狐太郎の短気は今に始まったことではない。 しかしそれはあくまで狗吉から見た客観的な様子である。途方に暮れたような一進の顔を見ていると、円滑とは言い難いようだ。 「はい…」 「またコタさん何かした?あの人も大概大人気ないからなあ」 「あっ、違うんです…!」 「?じゃあ…」 「…その、私…何だかおかしくて…」 「おかしい?」 どういう風に、と問えば言いにくそうに視線を徘徊わせる。 「…あの、私…狐太郎殿を見てると、苦しくて…」 「………へっ!?」 「やっぱり…っ何かおかしいのでしょうか、狐太郎殿にも失礼だと…」 「ちょっ、ちょっと待った!それってさ…っ、」 ―――言っていいものだろうか。 何もわかっていない一進に狗吉がそれを教えるのは筋違いのような気もするのだが、思い悩む一進をこのまま放っておくのも可哀相で。 いやしかし今それを告げたとしても果たして一進に理解できるのか。 こういう時こそおかんの出番じゃないのかと内心鈍い狐太郎に悪態を吐きつつ、口を噤んでしまった狗吉を不安げに見つめる一進の頭を撫でた。 「…狗吉殿?」 「大丈夫大丈夫、それは俺が言うことじゃないから言わないけど、おかしいことじゃないよ」 「!でも…っ、このままだと、狐太郎殿に合わせる顔がありませぬ…」 「合わせる顔がないっていうか、顔が見れないんじゃないの?苦しくなるって、胸が苦しいんでしょ?」 「!どうして…」 「もーっ、進坊はかわいいなあ!コタさんには勿体ないっ」 飛び付くみたいに一進の身体をぎゅうぎゅう抱きしめてほお擦りする。 一進は狐太郎のことが好きなのだ。 狐太郎は短気で喧嘩っ早いところもあるけれど、なんだかんだで面倒見はいいし典型的な江戸っ子であるがゆえ情に熱い分不器用ながら優しい。特に一進の世間知らずも手伝ってか、彼の一進を見つめる瞳はまるでお母さんだ。 蝶よ花よと育てられた一進が突然江戸の町に放り出され、右も左もわからない中優しいばかりではなかったにしろ丁寧に手を引いてくれた狐太郎に、インプリンティングされた雛のように着いて行きたくなるのも無理はない。 ――それが恋に変わったとしても。 そして、そんな一進を狐太郎が愛しく思うのも必然。 狐太郎にも自覚があるかどうか怪しいものだが、傍から見ていれば狐太郎の一進に対する気持ちが仲間以上のものだなんてすぐにわかった。 「…」 「狗吉殿?どうかなさいましたか…?」 「んん、何でもない」 「?」 首を傾げる一進の顔にはもう不安の色はなくて安堵する。 そしてもう一度だけくしゃっと髪を掻き混ぜた。 「?狗吉殿…」 「っ、よし!んじゃ進坊、コタさんとこ行っといで!」 「えっ?!な、な…っ何故です!?」 「そりゃもちろん…」 あわてふためく一進を宥めていたところでタイミングがいいのか悪いのか、スパンッと小気味良い音を立てて開かれた襖の向こうには件の狐太郎の姿があった。 「おい狗、チビ知らね…って、あんだここに居たのかよ」 「コタさん、なに進坊探してたの?」 「っ、別に、ただ姿が見えねえから心配…っ、じゃ、なくて…!」 「っふは!変なの」 「るせえなっ!何してやがったんだよ!」 苦し紛れのその台詞に、一進と狗吉は顔を見合わせる。 だって言えるはずもない。 恋の悩み相談だなんて。 「ひみつ」 「はあっ?!」 「じゃ、俺はちょっと出掛けてくるから。進坊じゃあね」 「!あ、はいっ!ありがとうございました!」 「んー」 一進に手を振りながら部屋を後にする際、ちらりと見た狐太郎の表情は明らかな嫉妬に染まっていて少し笑ってしまった。 これで自覚がないのだから、全く世話が焼ける。 しばらく狐太郎が文句を言っていたが、一進がなにかしらを告げるとそれも聞こえなくなった。 代わりに届いた怒鳴り声と笑い声の混ざった喧噪に安堵して、組を出た。 部屋を出る時に感じた、ちくりとした胸の痛みには気付かない振りをして。 Fin ――――― ほんのり狗→一テイスト 二人とも鈍そうなので狐一になるには時間がかかるんではないかと。 インプリンティングとかこの時代使わないですよねすみません |