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ワレモノ
 



『あ、あの…覚えてませんか、私、先輩に助けてもらって…っ』 

『?…んー、ごめん、わかんないや』 

『そう、ですか…、でもその、私、それで、先輩のことを……すきに、なってしまって…』 

『!…』 

『お友達から、で、いいんです…お願いします…!』 

『…ごめんね』 



かわいい子だったと思う。 
あくまで客観的に見ての話。 
ただ少しだけ自分とオーバーラップしてしまった彼女の姿に同情じみた悲観に浸ってみたりして、でもそれが恋情に代わるかといえば考えるまでもなかった。 

叶わない恋をしている者の末路だ。 
それはいつかの自分にも用意された道。

親友だと思っていた男から、実は好きでしたなんて告白を受けたら彼はどうするだろうと幾度も考えた。 

平介ならもしかして「あ、そう」で終わるかもしれない。「俺もすきよ」、で終わるかも。それはあきらかにも友情なのだけど多分俺は平介の口から出た好きの言葉にみっともなく舞い上がってしまうのだろうと容易に想像がついた。それで、頭が冷えたら猛烈な虚しさに襲われるだろうこともまた。 
でも、今はまだ親友の位置を失いたくはないから俺は下心を笑顔の下に隠して平介の中の「親友」というステイタスを守るのだ。 





「佐藤告白されたんだって?」 

「!なんで平介がそんなこと知ってんの!」

「いやあ田中くんがね」 

田中の野郎、と内心の歯ぎしりを押し隠し、さして気にしている様子もない平介が机の上に広げたクッキーに手を伸ばした。 

「これこれ、俺の朝飯に手を出すでないよ」 

「これ朝飯なの?」 

言いながらクッキーを二枚、口に放り込む。 

「寝坊してさあ。」 

「ふうん」 

「ところで田中が言ってた事は真実なのかい佐藤くんや」 

「……うーん」 

クッキーに意識の大半が向いている平介にとっては単なる雑談程度の気持ちなのだろうとはわかるのだけれど、佐藤にとってはそう軽々しく言えるものでもない。 
特に平介には。 

「はっきりしないね、珍しい。」 

「っていうか、覚えてなかったんだよ」 

「何を?」 

「その子のことを」 

「知り合いだったの?」 

「なんか俺に助けてもらったって言うんだけど覚えてなかった」 

「さすがキョウケンは違いますな」 

「うわすっごい大根」 

「いやいや、実際んとこすごいと思うよ。覚えてないって、そんだけ助けてきたってことでしょ」 

「……」 

特にインパクトがなかったのは、それが日常茶飯的に行ってきたことだったからで。 

けれどまさかそれを平介が理解してくれているとは思ってもみなくて、口の端からクッキーの欠片がボロッと落ちる。

「俺にはできないからね」 

「……へーすけすきだー」 

「俺もすきよ」 

「へへへ…」 

「なに、どうしたの」 

「なんでもなーい」 

「あ、そう」 

クッキーを食べる片手間に言われた好きで十分幸せだ。 
だってきっとこの立ち位置じゃなければ平介に好きだなんて言われることはない。 
それならその言葉自体に深い意味がなかろうと言われることには意味があるのだ。 

平介の作るお菓子に気安く手を伸ばせる、ふとした拍子に意味もなく触れることが許されるこの位置を自ら手放すことなんかない。 

「で、結局ほんとなの?」 

「んー、まあ」 

「そっか」 

「うん」 

二人でクッキーを頬張りながら、始業のチャイムを待った。 


ワレモノ注意


おわり 



―――――― 
鈴木様ログアウト 
しかしいったい何が書きたかったのか。