儘なる日常はつまらない 『いつもと勝手が違う相手なら大変なのもあたりまえだって、鈴木がね。それが妙にストンとはまってさ、すこし軽くなった』 そんなこと俺には言えないなと思った。 そんで、そんなことが言える鈴木が俺はどうしても羨ましかった。 * 「そんでさ、おばさんがケーキ持ってきてくれて。」 幸せそうな顔で周囲に花を飛ばしながら叔母に貰ったケーキの話をする平介に、鈴木がまるで興味なさそうに平介お手製のパウンドケーキを頬張った。 「そりゃよかったな、それで心置きなくその従兄弟をお前に預けられるわけだ」 「えっ!?なにそれそういうあれ?わいろ的なあれなの!?」 ぽて、とたった今まで漂っていた花が落下する音。 じゃなかった。見る間に幸せオーラが引っ込んだものだから錯覚してしまっただけで、実像のない花が落ちて音はしない。平介が手に持ったパウンドケーキを取りこぼした音だった。 「そりゃあただケーキなんか持ってこねえだろ」 「いやだって、いつもお世話になってるからって!」 「だからこれからもよろしくって意味も含め、だろ」 「!…騙された…!!」 「なにそんな秋くんの相手いやなの?かわいいじゃん」 「いやっていうか…正直そんな…」 秋くんのことが嫌なんじゃない、子供という生き物全般の相手が平介には疲れることなんだろう。 「まあまあ、辛くなったらまた俺とか鈴木呼べばいいじゃない」 「おい何で俺だよ」 「佐藤、俺佐藤のことすきだわ。」 「俺も平介すきだよーだからまたお菓子作ってね」 「君は欲望に忠実だよねえほんと。」 呆れる平介の言葉を笑いとばして二つ目のパウンドケーキに手を伸ばすと、何とも微妙な顔の鈴木と目が合った。 「?なに?」 「別に何でもねえ」 「あ、そう」 罰悪そうに目を逸らした鈴木をもぐもぐとひたすらケーキを口に詰め込みながら見つめる。 「……―っ、なん、」 俺の視線に耐え切れなくなった鈴木が口を開いた瞬間、クラスメイトの変に間延びした声が邪魔をした。 「へぇーすけえー」 「!」 「んー?なーに」 「例の後輩くんが呼んでるよー」 「……へえー」 「って、へえーじゃなくて!来なさいよ!」 「うえーい……ちょっと行ってくる…」 普段から低いテンションが更に低くなる。 名残惜しげな顔でそれ食っちゃっていいよ、といいながら地獄の門を叩きに行くような、見事に斜がかかった背中で例の後輩くんの元へ向かった。 「はいはーい頑張ってー」 「………」 「…で、どうしたの鈴木は」 「何でもねえって」 「とか言って、平介が俺にすきって言った途端目の色変わったけどね。」 「!おまっ…、」 「いやあ俺も大概だとは思うけど、案外わかりやすいよね鈴木も」 とか言いつつ、多分俺がわかるのは鈴木の好きな人が平介だからで、相手が他の誰かであったらそんな些細な変化を見つけられた自信はない。 「…うるせえな、お前もだろ」 「だから俺も大概だって言ったじゃんか」 元から隠すつもりもないんだから、わかりやすいのは当たり前かもしれない。 それとは別に鈴木がそれと気付いたのは俺と同じ理由もあるのかもしれないけど。 「…あーめんどくせえ」 「まあね、めんどくさいことなんて平介一番嫌いなのにね」 言うつもりなんてないけど、やっぱり親友の立場でやましい気持ちを隠しているのには罪悪感を感じる。それに面倒事なんて自分たちが一番嫌いなはずなのに二人揃って自ら首を突っ込んでいるこの現状。 親友で恋敵なんて洒落にならない。 「…言ったって仕方ねえしな」 「そんなのはいいんだよ、平介困らせるだけだもん」 「……俺は佐藤のそういうとこ羨ましいよ」 「!…へ?」 そういうとこ、とはどういうとこだろう。 それにしてもまさか鈴木にそれを言われるとは思ってもみなくて驚いた。 そんなのはてっきり、俺の方だとばかり。 「素で平介のことばっか考えてんだろ、だから平介はお前に…甘える、っつうか…」 「……そんなの、俺の台詞だよ。俺は鈴木が羨ましいよ」 「は?なんで、どこが」 「…俺には言えないこと、さらっと言っちゃうとこ」 それが平介の救いになっている。 平介の救いになることが言える、平介の気持ちをその言葉一つで軽くできる鈴木が俺は羨ましくて仕方なくて。 「………なんっか、俺らバカみてえだな…」 「ね。お互い羨ましい羨ましいって、自分のこと全然見えてないんだ」 俺は鈴木が羨ましくて。 鈴木は俺が羨ましくて。 自分が持っているものには気付きもしないでただ相手が持っているものを羨んで。 本当、『バカみてえ』だ。 「隣の芝生、ってね」 「正にだな」 二人で顔を見合わせて苦笑しながら、パウンドケーキをまるで平介自身のように取り合った。 おわり ―――――― この三人はこんな感じの関係だといいなって。 佐藤と鈴木が静かに火花散らしててしかしそれに全く気付かないのんきな平介っていうかたち |