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夏の魔物
 



「なあ浦原さん」 

「?はい」 

「浦原さんはなんで手出してこねえの?」 




「………――――はい?」 




世に言う温暖化のせいなのか単なる時代の流れなのか、そんなことはこの猛暑の中では取るに足らないことである上に知るはずもないが、日々暑さが厳しくなっていくような気さえする7月の半ば。 
連日つづく猛暑日に、涼しい顔でそれを告げるテレビの中のキャスターにまで怒りが湧きはじめたころ物置に放置していた扇風機までをも引っ張り出して総勢三台をフル稼動させているが、ただ生温い風を循環させているだけで快適とは程遠い。それでもないよりはマシだとできるだけエネルギーを消費しないよう二人して畳の上に寝そべっての、沈黙。 
際限のない暑さの前では声を出すのさえ億劫で、流れる空気の中には体感温度を上げるだけの蝉の賑々しい鳴き声がこだまする。しかしそんな沈黙を破った一護の言葉に浦原は耳を疑った。 
この暑さでとうとう妄想と現実の区別すらあやふやになったのか、はたまた一護の頭がイカれたのか。 

「黒崎さん…?えーと、今、何ていいました?」 

「だから、なんで浦原さんは俺に何もしねえの?」 

どうやら自分の妄想でも一護の譫言でもないらしい。 
浦原をじっと見つめる明るい色の瞳から真意を読み取ることはできず、途方に暮れる。 

「いや、あのですね…黒崎さんはまだ未成年でしょう。黒崎さんからしてみればオッサンの私がそう易々と手を出せるもんでもないんすよ…」 

未成年に手を出すわけにいかないというのは本当だ、単なる常識として。 
本音を言うなら手を出したい気持ちはある。浦原とて自虐的にオッサンだと言ってはみたものの別に枯れているわけではないのだから、こんなふうに誘うような真似をされたら否が応にも欲情くらいする。 
切なげに顰められた眉、縋るように向けられた不安交じりの視線、タンクトップから覗く鎖骨や腰、健康的な肌に浮かぶ玉の汗。いまだ畳の上に寝そべったままこちらを上目に見上げるあまりにも無防備な姿。 
しなやかでどこか危うい不完全さを残す少年の身体はとんでもなく魅力的だ。 

だが、彼の今の言葉は若さ故の無謀さだとわかっている。 

いざ自分が本気で迫ったとして彼は果たして受け入れられるのかと言えば、答えは否だろう。覚悟云々のそんな大袈裟な話ではなく、ただ、まだ時期尚早というだけ。 

「…じゃあ、ずっと何もしねえってこと?」 

「……黒崎さんが二十歳になるまでは、ね」 

「…わかった。」 

苦し紛れの建前で理解してくれたのか、と胸を撫で下ろしたのも束の間。 

「じゃあ勝手にする」 

言って、安堵で脱力していた浦原の肩を軽くとんっと押し倒し腹の上に乗り上げてきた。 

「!??っちょ、黒崎さんっ?!」 

「浦原さんは何もしなくていいよ」 

自分のタンクトップを引き抜きながら嫌に蠱惑的な笑みを浮かべ、甚平のあわせをくわえて解く。 
どうしてこう、ことごとく煽るような真似ばかりするのか。 

「や、やめなさいって!黒崎さん!」

「浦原さんがその気になってくんねえなら俺がするしかねえじゃん」 

確かにそうかもしれないが、浦原は別にその気にならないわけじゃなく必死で歯止めをかけてきただけのことであって…。 

横っ腹を挟む案外柔らかい太股に意識が向かないはずはないし、情欲を煽ろうと直接肌に触れる指先や舌の動きにも逆らえず身体の中心はすでに反応を示していた。 

「ちょ、正気ですか…!」 

「あたり、ま…ぇ……」 

「っと…、えぇ!?」 

ふっ、と糸が切れたように倒れ込んできた身体を受け止めると、それはもう――― 

熱かった。 

何ということもない、浦原が怪訝した通り単にこの殺人的とも思える熱さにやられただけだったわけだ。 
散々煽ってくれて一体この状態をどうしてくれよう、と僅かな名残惜しさとともに恨めしくも思う。結局我慢だなんだと言っておいて熱に浮かされただけの一護にあと一歩のところまで箍が外れそうになって、まったく大した自制心だ。 
真っ赤な顔で倒れ込んだ彼の素肌に目を奪われあまつさえ欲情するようなことがあってはならないはずなのに、目を逸らそうとすればするほど上気した頬だとか、潤んだ瞳だとかぷくりと赤く色付いた胸の突起だとか苦しげに喘ぐ唇に視線は吸い寄せられる。 

「……―あんまり振り回さないでくださいよ、黒崎さん…」 

「ん…っ」 

「そのうちほんとに襲っちまいますからね」 

ひとまず布団に寝かせようと抱き抱えた一護の耳元で囁けばくったりと力を無くした身体が無意識にか浦原に擦り寄ってきて、いよいよ理性は限界かもしれなかった。 


(おっそろしい子っすね) 

そろそろエアコンつけましょうか。 

ただ、熱に浮かされて積極的になった一護というのも悪くはないなと思ってしまっているのだから、始末におえない。 


浦原商店にエアコンがつくのは多分、もう少し先の話。 






(積極的な黒崎さんも中々よかったっすけどねえ。色っぽくて) 
(!!お、俺がそんなことするわけねえだろ!!この変態!つかエアコンつけろ!) 
(黒崎さんが素面であんなことしてくれるって言うならつけますよ?) 

おわり 


――――― 
熱中症で浦原さん襲っちゃう一護たん 
…ん?頭沸いたってこと?