取り扱いに注意しすぎた結果、 「最近みんなから避けられてるような気がするんだ」 ふたりきりの談話室、自販機が缶ジュースを吐き出すガゴン、という音の後に続いた小さな呟きを受けて背後の風祭を振り返る。 「……風祭が?」 「うん」 声音通りに沈んだ表情は普段から笑顔を絶やさない彼だけにひどく悩ましげに見えた。いかな不破であろうとも庇護欲を煽られるくらいには。 「何故だ?風祭が避けられる理由は見当たらないが」 「わかんないんだけど、みんな僕と話してるとすぐ他の人とどっか行っちゃって…」 「…」 「話し掛けてもよそよそしいし、」 それは風祭を想う皆が皆お互いに牽制し合っているからだと不破は知るところであるが、それをわざわざ教えてやる気もない。もちろんそれは風祭に対する不義理ではなく他の面々に対する無情である。 「こうやって話してくれるの、不破くんしかいなくて」 不破は奴らの牽制を避けつつ張り巡らされた抜け駆け厳禁という名の網の目をかい潜りこうして時折風祭とふたり会話を交わしているわけだが、自分たちが取り決めた下手なルールのせいで風祭が変化のない不破に信頼を寄せていることに気付きもしないとは何とも憐れなものだ。しかし風祭の悩みの種にまでなっているとなれば不破としても我関せずを貫くわけにもいかない。 「それで、風祭は俺に何をしてほしいんだ?」 「!え…、あ、ちがくて…っごめん!不破くんに何かしてほしいとか、そんなふうに思ってたわけじゃなくてっ…、ごめんね…!僕…」 「わかっている。…言い方が悪かったか?」 「へ?」 「……ああ、そう、俺にできることはあるか?と、そういう意味だ」 「!…、…あ、ありが、とう…」 「?俺はまだ何もしていない」 僅かに頬を赤らめて礼を言う風祭に首を傾げれば、浮かない顔だった風祭はくすくすと笑っていた。それにまた首を傾げる。 「うん、あのね、またこうやって話してほしい」 「ああ。ほかには?」 「えっ、そうだなあ…じゃあ明日、シュート練習付き合ってくれる?」 「ああ」 「あとね、それちょっとちょうだい?」 いたずらっぽい笑みを浮かべ、ことりと首を傾げた風祭が指差した先は不破が手にした缶ジュース。 「!構わないが…これくらいやるぞ」 缶ジュースの一本や二本、わざわざ分け合わなくとも良い。 言ってまだプルトップを上げる前だったそれを差し出すが、風祭は笑ったままふるふると首を振った。 「ううん、いいの。不破くんのがほしいだけ」 「?よくわからんな、風祭は」 「そう?」 「ああ、これだけ観察していても風祭のことだけは全くわからない」 誰より素直でわかりやすいようで(実際その通りなのだが)その実不破にとって最も理解不能なのは風祭だ。だからこそ興味は尽きないというのもまた真実なのだけれど。 「僕も不破くんのことはわからないけど、不破くんは普通に接してくれるからわからなくても不安にはならないよ」 「そうか。それで、さっきのことはもういいのか?」 「うん、僕も何か悪いことしちゃったのかもしれないし、それに」 再び少しだけ落ち込みを見せた風祭に、これくらいなら支障はないだろうとお前は何も悪いことなどしていないと口を開こうとして、しかしそれは風祭自身の笑顔によって塞がれた。 「不破くんがいれば、いいかなあ…なんて…」 まだ幼さを残した円やかな頬を赤らめてはにかむその照れたような顔を可愛いと思わないほど不破は無感情なわけではない。そう、ただ表情に出ないだけで。 「そうか」 あくまで平淡な口調で短くそう言って胸の位置にある風祭の黒髪を一度撫でる。 そして。 「…だそうだ。居るんだろう」 談話室の引き戸に向かって、正しくはその引き戸の向こうで聞き耳を立てているだろうチームメイトたちに、確定的な口調で告げる。 「え?!」 『不破てめえーっ!!』 こんなときばかり息の合った多重音声がなだれ込んできて、全く気付いていなかったらしい風祭は元より大きな目を零れんばかりに見開き、重なり合ったまま不破を睨みつけるチームメイトたちを見つめた。 「一人だけ風祭といい雰囲気作りやがって!」 「抜け駆け厳禁つったろ!」 てっきり避けられているとばかり思っていたチームメイトたちの言葉が理解できず戸惑い半分怯え半分にぱちぱちとまばたきを繰り返す風祭を、単に奴らの轟声から遠ざけようと不破が背中に隠すと何を勘繰ったか一際大きな罵声が方々から飛んでくる。 『ちゃっかり風祭囲ってんじゃねえええ!!!!』 「お前ら意味がわかって言っているのか?」 「んなこた今はどうでもいいんだよとりあえず不破てめえ風祭を離せ!」 立ち上がった若菜がビシッと人差し指を突き付けて叫ぶのを、 「断る」 そう一刀両断。 『はあああ!??』 「ふ、不破くん?」 「なんだ?」 「なに、これ?」 「ふむ…まだわからないとは、風祭はつくづく俺の予想の上を行くな」 「へ?」 若菜の発言は中々決定的なものだったはずだが風祭の鈍さはやはり半端ではないらしい。ぽかんとした表情から鑑みるにきっと奴らが風祭を賭けて争っているだなんて夢にも思っていないに違いなかった。 「面白い」 「ふえ?」 不破の珍しい微笑に驚きを隠せない風祭の頭をくしゃりと掻き混ぜる。 その行動に背後でまた五月蝿く喚き立てる奴らを拳で黙らせると、風祭は一瞬身体を緊張させたもののすぐに相好を崩した。 チームメイトたちの屍を前にあまり相応しいとはいえない輝かしい満面の笑みに、しかし不破だけは満ち足りていたのだった。 (不破かよ…!) (大穴だったな…) おわり ―――――― そいえば選抜メンバーはクラッシャーの名を知らないんだなあと途中で気付きました。不破くんすきです。 渋将が書きたいと思ってるのに浮かぶのはトレセン→将の総受けばかりという罠でした。ギリィ |