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片恋センチメント
 
※若→将→天 


風祭との対決の後、なにか吹っ切れたらしい天城が全員の前でドイツ行きを宣言した。それを決心させたのは元より決心させようとしたのも、違いようもなく風祭だったはずだ。 

「本当は、ドイツになんか行ってほしくない」 

しかし選抜の面々がそれぞれに散っていった後風祭の口から搾り出すように出てきたのはそんな言葉で、相談されるのが嬉しい反面何故それを俺に言うのか、と恨めしくも思った。 

「じゃあそう言えばよかったのに」 

所詮他人事だと割り切る冷酷さくらい持ち合わせていたつもりで言った台詞は予想より随分慰めるような色を含んでいて、内心舌打ちする。 

「そんなこと、言えないよ…」 

なんで?言えばいいじゃん 
いつもの俺ならそう言ったはずで、風祭も同じことを思ったのかどうかはわからないけれど黙り込んだ俺を少しだけ不思議そうに見つめていた。 
しかしその問いを口にしなかったのは、理由なんてわかりきっていたからだ。 

「天城のため?」 

「!…そんな、きれいなものじゃない、けど」 

「そうか?風祭のことだから言ったら天城が行きにくくなるんじゃないかって思ったんじゃねえの?」 

実際もし風祭がそれをそうと口にしていたら、取りやめるとまではいかないまでも天城とて迷ったはずだ。迷いというよりはきっと、罪悪感を感じて旅立つことになるだろうと俺ですら想像がつくのだから風祭がそれを気にしたのだとしてもおかしくはない。どうあっても風祭は自分のことよりも他人を優先してしまう人間だから。 

「ちがうよ、僕が言ったところで天城の意志が変わるわけないもの。ただ天城は優しいから、困って、くれるんだろうなって…」 

「同じだよ」 

「……優しいね、若菜くんは」 

「え?今のどこで?」 

「言え、って言わないから」 

多分それも、いつもの俺だったら悩むくらいなら言っちまえ、とにべもなく切り捨てたんだろう。それを、言えばいい、なんてあえて判断は風祭に任せて促すに留めたのはそれが他でもない風祭だったからだ。 

「ああ、まあ…それは風祭の好きにすればいいと思うし」 

嘘だ。 
本当は、風祭がそれを言って天城がもしドイツ行きをやめたらという危惧があった。 
こうして俺に吐き出すことで風祭が天城に対する想いを少しでも昇華させてくれたらと。 

(俺ってばせこ…) 

「……ありがとう」 

「うん?」 

「やっぱり言わない」 

「!」 

「今ならただ憧れたままでいられるから」 

らしくない笑みを浮かべる風祭は俺にとって守るべき対象で、守りたい相手のはずなのに今の風祭のすべてがここにいる俺ではなく天城に向かっているのだと思うと苛立ちばかりが募る。 
天城はすごい。俺にとっても、ポジションは違えど尊敬できるプレイヤーだと思うけれど風祭の「それ」は違う。 
憧れ?目標? 

(違うだろ) 

それはあきらかな恋情だ。 
ドイツに行ってほしくないと言った風祭の、聞いたことのないどこか他人のようにも感じた声は単なる憧憬の念で済ませるにはあまりにひたむきで、そして痛かった。 

けれど。 

「―――…そっか。まあいいんじゃね?」 

俺には、そう言って笑うことしか。 

「聞いてくれてありがとう、若菜くん」 

そう言って吹っ切れた振りをして笑う風祭に騙された振りをして、おう、と笑い返した。笑うのが得意でよかったと心の底から思った。 

「ごめん、遅くなっちゃったね。帰ろう」 

迷いや逡巡を払うように勢いよく立ち上がった風祭を見上げると、胡坐をかいたまま立ち上がる気配のない俺を不思議そうに見つめる風祭と目が合う。 

「?どうしたの?」 

「んー、何でもねえよ」 

「そう?大丈夫?」 

立てた膝に埋めた顔を覗き込むように腰を折った風祭が心配そうに手を差し出してくる。同級のはずの俺より一回りも小さい掌を握り締めたい衝動に駆られたけれど、なんとなく我慢がきかなくなる気がしてもっと上、細い手首を掴んだ。そして立ち上がらせようとしてくれたのだろう、わずかに引かれた腕を逆に強く引き寄せる。 

「わっ!」 

「!」 

驚きに上がった小さな悲鳴。けれど、あまりに容易く腕の中へ落ちてきた身体に驚いたのは俺も同じだった。 

「もう、なにする…!…、若菜くん?」 

「……びっくりした、軽すぎねえ?」 

「そりゃあ若菜くんに比べたら…」 

「ああ、そっか…そうだよな」 

同い年のはずなのにその俺の腕の中にすっぽりと収まってしまう小さな身体、掴まれたままの腕を解こうともせず大人しく腕の中に収まる存在を、ふいに愛しくて仕方なく思った。手を離そうとしない俺を仕方ないなあとでも言いたげに見つめる黒々とした大きな瞳はやわらかく緩んで、俺の胸のあたりにぽすんと頭を預けきったせいか感じていた重さが増す。 

「…ごめんね」 

「……なにが?」 

普段なら絶対に抵抗を示すだろう体勢をやすやすと許したのも、自ら甘えるような行動をとったのも、ぜんぶ。 
わかっていたけれど、謝罪を受け入れたくはなかった。 

「…やっぱり優しいよ、若菜くんは」 

違う、違うんだ風祭。 
俺はただ、この行動原理のすべてが天城を失う淋しさから来るものだと理解したくないだけなんだ。 
きっと今お前は、この場にいるのが天城だったらよかったのにと思っているんだろう。 
今のお前の俺に対する行動は本当はすべて天城にしたかったことなんだろう。

わかっていて理解したくないだけなんだよ風祭。だから優しいなんて言わないでくれ。 

「……優しくなんて、ない」 

無意識に、風祭の手首を掴んだままだった手に力が入る。結構な力で握り締めてしまったと思うのに、風祭は眉ひとつ動かさなかった。 

「優しい人は自分のこと優しいって言わないんだよ」 

「なんだそれ、天然じゃねえんだから…風祭に人見る目ないだけだろ」 

「ひどいなあ」 

くすくすと笑みを漏らす、けれどしゃくりあげる時にも似た振動が密着した箇所から伝わってくるのが、たまらなかった。 

(見る目ねえよ) 

天城を好きになるなんて。 
望みのない男を好きになるなんて。 



でもな、同じように望みのない風祭を好
きになった俺の目は間違ってないって、
それだけは自信を持って言えるよ。 


Fin 



―――――― 
誰も報われない…だと… 
あわわわ次はいちゃいちゃしてる若将か天将を…! 

また『見る目』の話