怪奇譚よりこわいひと ※工藤→四ツ谷 「四ツ谷くん」 唐突に屋上へ顔を出したのは、胡散臭いこと極まりないカウンセラー、工藤忠信だった。こっくりさんの一件があってからというものこいつは頻繁に屋上に現れるようになり、そのせいでオレは、案外教師というのは暇なのだといらない情報を知る羽目になった。 迷惑な話だ。 だいたいあの一件のせいで「四ツ谷先輩」という怪談は成立しなくなってしまったのである。今はもうその怪談も創り直した後だが面倒だったことにかわりはない。 「何だ、あんたか。懲りないねえ…」 「ほんとにいつもここに居るんだね」 「当たり前だろう。オレは「四ツ谷先輩」なんだから」 いやに爽やかな笑顔を向けてくる工藤ににやりと笑みを返すと、工藤は何故か一層笑みを深めてオレを見返してきた。こんな奴がイケメンだなんて世論は間違ってる。 「…で?何しに来たんだ、工藤センセイは。こんな辺境の地まで?」 「ずいぶん熱烈な歓迎だね」 軽く肩を竦め、切れ長の瞳を細める仕種。何を思っているのか知らないが、そんなものに全然全く興味はない。 「君に会いに来る以外に何があると思うの?」 そう、たとえこんなことを考えていたとしても… 「――――……は?」 我ながら素っ頓狂な声だとは思ったが、今はそんなことを気にしている場合ではなくて、 「…気付いてなかったのか。案外鈍感なんだ、四ツ谷くん」 「どんかん…?そんなもんはどうでもいい、今何か、とてつもなく意味不明な言葉を聞いた気がするんだが」 「意味不明、どこが?単純明快でしょ?愛だよ愛。」 まさか。何でこの、世に言うイケメンがオレを。だいたい嬉しくもなんともない。 愛なんてものは怪談には必要ない。時には深すぎる愛故に怪談が出来上がることもあるにはあるものの、今こいつが言っているのは明らかにオレ自身に対してのことであって。そんなものをくれるくらいなら怪談話でも捧げてくれと思う。 「…胡散臭い。臭い臭すぎる。」 「ひどいなあ、真剣なのに」 「何だそりゃ、オレはあんたの催眠、台なしにしたんだぜ?」 「だからじゃない。そんなの初めてだったんだよ。だから君に興味がある」 「興味ね…まあ、オレには関係ないな」 危害さえなければ。と、釘を刺したつもりだったのに。 ちゅ 「―…っっ!!!!???!?!???!!?」 持ち込んだぼろいソファに背を預けて工藤から目を背けるように目を瞑ると、唐突に唇にやわかい感触が落ちてきて。 これ以上ないくらいに全身のバネをフル稼動させて跳び起きると、すぐに離れたやわらかさの正体は目の前で弧を描いて微笑んでいた。 何でそうなるんだ。何で男なんかに唇を奪われなければならないんだ。 「あっん、た…っ!!!??」 「ごちそうさま、今日のところはこれで引くよ。あんまり押しすぎるのもどうかと思うし」 重なった唇に指先をあてて、これみよがしにちゅ、と音を立てる。 「っふざけんな気持ち悪い!それでもカウンセラーかよてめえ!」 「カウンセラーは関係ないと思うけど。」 まあいいや。 楽しそうにそう呟き、一歩離れる。 その一歩に安心して身体から力を抜くと、あからさまな変化に工藤は再び楽しげに喉の奥でくっと笑みをもらした。 「かわいいなあ、怯えちゃって」 「誰がっ!とっと出てけっ!!」 そこらにあったガラクタを手当たり次第に掴んで投げつけるが、あっさりキャッチされてしまう。 「じゃあ、また来るね」 「来んでいいっ!」 再び投げ付けたぬいぐるみは、静かに閉まった扉に阻まれ工藤に届くこともなくぽて、と力無く落ちた。 (信じらんねえ信じらんねえ信じらんねえ…!!!) 微かに工藤の感触が残る唇が、じんじんと熱を持って疼いた。 Fin |