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拒否恋愛
 
※ハデアシ←藤


「ハデス先生がね、おいしいお茶菓子貰ったから放課後保健室においでだって。」 

アシタバのその誘いに素直に頷けなかったのは別に、気が乗らなかったからではない。 

ただ、保健室に行くのが…あいつに会うのが嫌だっただけだ。ただ、アシタバのその言葉からして向こうは特にオレに対して思うところはないようだけれど。しかしそれがまた、苛つく。 
大人の余裕。どうやっても越えられない、その壁はとてつもなく高い。 

あれだけわかりやすく宣戦布告をしたというのにあいつは焦る様子も見せないで、ただ困ったように笑った。 





「!アシタバくん、よかった、来てくれて。」 

いつもこうだ。アシタバに対してあからさまな好意―――恋慕を、隠そうともしない。 

「先生が来ていいって言ったんじゃないですか。」 

「そうなんだけど、皆来てくれないから…」 

今更だ。アシタバやオレたちが今更保健室に来るのに躊躇う理由なんてない。それをわかっているのかいないのか、心底安堵した様子のこいつにオレはただ気まずさが先立った。 

(何考えてんだよ、マジで) 

「藤くん?どうしたの?」 

「!え」 

「ふたりとも座って。すぐお茶用意するから」 

振り返ったアシタバを、まるでオレの方を気にするのさえ許さないというようにソファへと促す。 

(…喧嘩売ってんのか、こいつ) 

だいたいこいつがアシタバに告白なんてできるわけがないのだ。仮にも教師と生徒、と言って大人ぶる小心者なんだから。 
まあ、告白できるはずがないのはオレだって同じだけど。 

「どうぞ」 

言って出されたのは、割合高級茶菓子が多いオレの家でもあまり見ないようなそれ。…本当に貰ったのかどうかは怪しいが。 

「珍しく三途川先生がくれてね。折角だから」 

「高そう…。あ、でも藤くんは食べ慣れてるよね。」 

「こんなんばっか食ってるわけじゃねえよ。山蔵もうるせえし」 

「そうなんだ?藤くんでもやっぱりお兄さんには敵わないんだね」 

にこにこと無邪気に笑うアシタバに、やっぱり誰にも渡したくないと日々強くなる思いが唐突に胸を占めた。 

「ちっげえよ」 

同時に、ふたりが知り合ったきっかけを思い出して罪悪感までもが押し寄せる。それは、たった今まで苛立ちを感じていた相手に対しても同様だった。 

「…むかつく」 

「へっ…?」 

「!あ、いや違う!!」 

「?」 

不思議そうなアシタバの顔に、聞かれていなかったのかと多少の安堵を得る。しかし、アシタバから逸らした視線の先で微笑まれて、また言い知れない苛立ちが募った。 

(マジでこいつオレのこと馬鹿にしてやがる。) 

オレがアシタバに告白できるわけないと高を括っているのか。 
それともアシタバがオレのことを好きなはずないという自信があるのか。 

…どちらにしろ、それはこちらとしても同じだ。 

(だいたい、アシタバは男を好きにならない) 

別にオレだって元から同性を好きなわけじゃないし、今だって、月並みだけれどアシタバのことが好きなんであって男が好きなわけではない。 

「あ、先生ごめんなさいっ僕もう帰らないと。」 

「そっか、じゃあ、また明日ね。」 

突然立ち上がったアシタバに、何の感情も見せないでただ事務的にまた明日と繰り返す。 

――帰したくないんだろう。 
抱きしめたいんだろう。あの細い身体を抱きしめて、引き留めたいんだろう。 


ああっ、苛つく…っ! 


「…オレも帰る。」 

「藤くんも?いいよ、付き合ってくれなくても。」 

「別に、居る用もない。」 

アシタバが居ないなら。 

そこだけは心の内だけに留めて、立ち上がる。 

しかし、意外にもそれを阻む大きな影が目の前を暗くした。 

「ごめんね、藤くん、ちょっと話があるんだけど…」 

「…なんだよ、早くしろ」 

「アシタバくん、ごめんねちょっと席外してくれるかな。」 

「え、あ、はい…じゃあ、藤くん…先行ってるね。」 

何か用事でもあるのか、珍しく足早に去っていく後ろ姿を見送った。 


「…で?」 

「何か、言うことは?」 

「ねえよ」 

あれ以上何を言えと? 

――アシタバに不用意に近付くな。アシタバに気安く触れるな。アシタバに安い感情を抱くな。 

―――と、 
そう告げたのを忘れたのか、この死神は。 

「そう、じゃあ…僕の話だけ聞いてもらえる?」 

「…だから早くしろよ」 

「……、 

君は、どうして既に僕たちが恋人同士だって、考えなかったの?」 

頭を、鈍器で殴られたかと思った。 
それくらいのショック。心理的なものだとわかっていても、身体が数倍重くなったような気さえした。 

―――何だ、それ。 

ただの大人の余裕だと思っていたあの壁は、苛立ちの理由は、 

何のことはない、 

アシタバとオレの間の隔たりだったのだ。 


「アシタバくんに、触れるんじゃないよ。あの子はね、もう僕のものなんだ」 

見上げた顔は、ひび割れてはいなくて。感情に病魔が追いついていないのかと厭に冷静な思考が働く。それはただの現実逃避なんだとわからないほど馬鹿ではない。 
けれど、病魔さえも凌駕する感情の正体は、オレには到底わからなかった。 



Fin


―――――― 
書いてる途中で何だかハデ藤みたいなことになってきました。でも私は断じてアシタバ総受けしか書きませんよ藤受けもハデ受けも書きませんよ。