ao-ex | ナノ
 
嘘泣きキャロル
 



意外やな、と思った。 

あれだけ元気よおて人懐こくてかわええ笑顔が似合うて、いつも人の輪の中心におるような子やと思っとった彼は教室のいちばん隅っこで窓の外を眺めとった。 
声を掛けることもできたけど、普段からは想像もつかへんような大人びた顔した奥村くんを見とりたかったんも本当。
せやけど、なんであんなええ子を遠巻きにすんねや、と何も見えとらん、見ようともしとらん彼のクラスメートたちに怒りが湧いたのと同時に奥村くんをよお知らん奴らに馴れ馴れしい顔されとうなかったんも本当。 

たまたま通り掛かっただけの教室の前で立ち尽くす俺に共に居たクラスメートたちが訝しげな視線を投げてくるのも無視して、さっきまでぐるぐると考えとったなんもかんも無視して俺の足は自然と奥村くんのところに向いた。 

派手なピンク頭が「あの」奥村燐に何の用か、という不躾な視線が突き刺さる。 
まったくもって、不快や。気に入らん。何がって、そいつらの根性が。性根腐っとる奴らに何言っても無駄やろうから、何も言わんし何もせんし不機嫌すら表面には出さんとにこにこわろうとるけど内心煮えたぎっとるんやこっちは。 

何で、奥村くんがこない悲しい顔せなあかんのや。 

「奥村くん、何してはんの」 

「?!…っんだ志摩か、びっくりした」 

「話し掛けられることなんて滅多にないて?」 

「お前のピンク頭はぱっと見驚くんだよ」 

そんな言い訳せんでええよ。 
俺が声掛けたとき咄嗟に身体が強張ったんも、そのいつもは透き通っとるはずの蒼い瞳が曇っとったんも、振り向いた瞬間瞳に射した警戒の色も全部気付いとるんやから。 

俺の前でくらい本音晒してくれてええんよ? 

俺だと気付いた瞬間に解けた緊張も、透き通った瞳も、安堵に潤んだ瞳も俺は嬉しいよ、負担とか、あらへん。 

「そない驚くほど派手?」 

「派手だろどう見ても。まあでも志摩には似合ってんじゃん?」 

屈託のない笑顔にほっとする。 
奥村くんには今みたいな笑顔が似合うとるよ。やからそない悲しそうな顔せんといてや。 

口に出したつもりはなかったのに、どうやら無意識にもそれは音になってしもてたらしい。奥村くんの猫を思わせる瞳が一層大きく見開かれて、ああ、知られたくなかったんかなと冷静に思った。 

「…何で?」 

「?何でて、なにが?」 

「悲しくない、俺はもう何も悲しくなんかねえよ」 

一生分の悲しみはもう使い果たしたとでもいいたげな奥村くんに、それでもやっぱり俺はそんな強がりにだまされてはやれんかった。 

「悲しいことに際限なんかあらんよ」 

「ある」 

「それは悲しくないんやのうて、それより悲しかったことがあったから堪えれる思とるだけや」 

じりじりと眇められる瞳。 
泣かんで。俺は奥村くんを泣かせたいんと違う。 

「ああ…ちゃうんや、そうやなくて、泣かせたいわけやなくて…」 

「誰が泣いてんだよ」 

「……」 

(はよ気付き) 

笑っとんのなんか顔だけやんか、普段ならちょっと怒ったみたいな顔してかいらしく睨んでくるとこやろ、笑うとこちゃうやん。 
そないな作った笑顔どっこもかわいくなんか見えへん。 
何で無理ばっかすんの。 
どうしたら強がり以外を見せてくれんの。 
俺じゃ無理なん? 
頼ってや、お願いやから。 

「っ……な、今日、昼ご飯一緒に食べよ?」

「?うん、俺はいいけど勝呂たちは?」 

「別にいっつも一緒におるわけやないよ、俺は。じゃあ、また後で来るな。…待っとって」 

離れたくない。こんな場所に、こんな奥村くんひとり残していきたくない。 
むしろ俺の方が泣きたい気持ちでぐしゃぐしゃと彼の黒髪をかきまぜた。 

「…?おう、じゃあな」 

「待っとってな、すぐ来るから」 

「昼だろ」 

「言わんといてや」 

まだ二限の前、昼休みまでの長い時間を奥村くんはこんな空気の中ひとりで過ごすんかと思うと心配で心配で堪らんくなって足が動かへんようになってしまう。 

おどけて肩を竦めると、今度こそ奥村くんははは、とわろてくれた。 
小さな小さな微笑やったけど、この教室ん中で笑えたことが奥村くんにとって少しでも助けになってくれたらええ。 

「早く行けよ、待ってんぞ友達」 

「友達やないよ、クラスメート」 

「何が違うんだよ」 

「全然ちゃいますわ、奥村くんは友達。あれはクラスメート。」 

交互に指を差しながら説明しても、俺の気持ちの問題によるところが大きいこの違いはなかなか理解しにくいやろう。

「?わかんね」 

案の定奥村くんはことん、と首を傾げてからまたも俺を促すみたいに未練もなくひらひらと手を振った。 
見様によっちゃおいで、に見えんこともないけど、今このシチュエーションに限ってはありえへん。もし今、奥村くんが引き止めてくれはったら俺は死んでも奥村くんの傍から離れへんのに、と都合のいいことを願いながら手を振り返して、重い足を引きずりその場から一歩一歩離れる。 

離れる度に苦しくなる呼吸。 

(もう俺奥村くんがおらへんようなったら生きとられへんな。) 

大袈裟やなんてわかっとる。 
こんなこと考えたくもないけど、たとえ奥村くんがおらへんようなっても俺は生きていくんやろう。ひとりでただ茫洋と、生きるために生きていく。奥村くんがおらんからて俺の呼吸が止まることもなく心臓が止まることもなく、後を追う勇気すら俺にはない。 

「…奥村くん」 

「うん?」 

「やっぱ俺行かれへんわ」 

「昼?何だよ、なんか用でもあったのか?」 

「そうやなくて、奥村くんをこんな場所にひとり置いて行かれへん。」 

「!大袈裟だな、何が…」 

「奥村くんが笑えへん場所に、ひとりでおらせたらあかんのや」 

俺の独りよがりやなんてわかっとる。 
奥村くんは今までこの空間、空気の中で一人堪えてきたんやから今更どうってことあらんのかもしらんけど、俺が堪えれへんのや。 

「志摩…?」 

「言ってや、助けて、て」 

「は…?」 

言ってくれたら、俺は奥村くんを連れていける。 
誰に咎められようと関係なく。 

「したら、奥村くん連れて逃げたるよ」 

「っ…」 

唇を噛み締める。 
痛みを堪えるみたいな表情は見る者まで辛くなるほど悲痛やった。 

「何、言ってんだよ…」 

「本気や」 

「やめろっ、俺は…平気なんだ」 

「言い聞かせとるだけやんか、自分も騙せへんような言葉で人が騙せると思うん?」 

「違うっ…ちがう、ほんとに俺は、」 

「助けてって、言いな」 

「!…」 

「………言うて、お願いやから…っ」 

俺に、奥村くんを連れて逃げる口実を頂戴。 

(言い訳ないとでけへんようなヘタレでごめんな、ほんまにごめん) 

狡くてごめん。 
なにもかも、奥村くんに押し付けてごめん。 

呆然とする奥村くんの手を強く握りしめると、透き通った青瞳が揺れた。 






















「………たすけて、志摩」 



























震える声はとても奥村くんのものとは思えへんかった。 
弱々しい声色とは裏腹に力強く握り返された手が、堪らなく愛おしい。 

「…堪忍な」 



免罪符は手に入れた。 

あとはもう、この小さな悪魔を連れ去るだけ。 






Fin 







―――――― 
引き際を誤りました。 
もう少し短めに終わるはずだったのに…!