猫も食わない 「勝呂ぉぉおぉお!!!」 バキイッ、と塾の扉の蝶番を派手にぶっ壊して飛び込んできたのは誰の予想も裏切らず、奥村燐その人だった。 「!?っなんやねん、うるさいわ!」 入室時の勢いのまま、勝呂が座る正面―つまりは机の上―に乗り上げてきた燐はそのまま勝呂の胸倉を引っつかんで揺さ振ってくる。 「勝呂っ!おまえぜってぇ許さねえぞ!」 「はあ!?何や、俺がなにしたって…」 「とぼけんなこの…っ、」 泥棒猫! 燐が叫んだ半瞬後、勝呂の隣で同じく目を白黒させていた志摩がぶふっと吹き出した。 勝呂が泥棒猫とは一体全体何事か。 泥棒猫なんて俗称は普通女に対して使うものだという勝呂の認識が間違っていたのかと思わされる迫力で、他人事だと割り切って隣で呑気に笑っている幼なじみが憎らしい。 「急に意味わからんわ、何で俺が泥棒猫言われなあかんねん!」 「…っ、クロが…!」 「クロ?クロがなんしよったん」 「クロが勝呂かっこいいって言うんだよ!!!」 「…………はあ?」 クロといえば燐に懐いて…というか、燐の使い魔のはずだ。ただそのクロが勝呂をかっこいいと言ったから何なのか、何をそんなに怒っているのか皆まで言われても理解できず、自分の胸倉をぎりぎりと締め上げる目の前の男を困惑ぎみに見上げるしかなかった。 すると何も理解していない勝呂を前に、燐は唐突にぶわっと涙を浮かべる。 「!?っ、奥村…!?」 さすがに泣かれるのは困る、と宥めるように自分の胸倉にかかった手を摩ってみる。 「クロは…クロはなあ…、いっつも燐かっこいい燐すごい燐だいすきって言ってたのに…っ!!クロに何したんだよ勝呂の馬鹿!!!阿呆!!泥棒猫!!」 ついに防波堤を越えた涙がぼろっとなめらかな頬を滑り落ちるのに見蕩れてしまい、何とか言え!と怒鳴られた。 しかし何とか言えと言われても思い当たる節などなく。 「知らんわ!そんなもんクロに聞けや!」 「聞いたよ!それでもわかんねえからこうやって聞いてんだろ!」 聞くの範疇越えとるやろ、とつい関西の血が疼いてツッコミそうになったのをすんでの所で飲み込み、そろそろ危うくなってきた頭の為にも落ち着かせようと腕を掴むが燐の怪力の前では何の歯止めにもならなかった。 「っ、ちょ…ええ加減にせえ…っ」 「じゃあ言え!」 「…っから、知らん言うとるやろ…!」 「じゃ、なんで急にクロが勝呂かっこいいとか言い出すんだよふざけんなクロ返せ!」 理不尽すぎる言い分にはもはや怒りも湧かない。それどころか勝呂としては今にも「俺よりクロの方が大事なんか」と口走りでもしそうな気持ちだ。 使い魔を大事にするのも結構、仲が良いのも結構、だが優先順位は一度考え直してほしいと思わずにはいられない。 「勝呂のばか!」 何も言わない―正確には何も言えなかったのだが―勝呂に痺れを切らしたのか、そんな捨てぜりふを残して燐は壊したドアをそのままに教室を出て行った。 向かう先はおそらく愛する使い魔の元だろう。 「…なんやったん」 「あらま、振られてまいましたね坊」 「じゃかあしい黙っとけ!」 「八つ当たりせんとってください、振られたんは坊がクロ誘惑しはったからでしょ」 「だれが使い魔誘惑すんねん!」 「へえ、奥村くんやったら誘惑しはるんですか」 「誰もそないなこと言うとらん!」 「照れんでもええですよって。」 「照れとらん!」 「はいはい。 ………それにしても奥村くん、 どっちか言うたら猫泥棒とちゃうかな」 「そんなんどっちでもええっ!」 真顔で阿呆なことを言い出した志摩にイラッときたのでとりあえずピンク頭を殴っておいた。 おわり ――――― 燐とクロがほしい。 くっついてる前提で書きはじめたんですけどこれは坊の絶賛片思い中ですね |