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ステップ、バイステップ
 




「…雪男のバーカバーカ、ホクロメガネ堅物メガネ腹黒メガネインテリメガネイケメンメガネモテモテメガネ」 

「…兄さん、子供みたいなこと言ってないで」 

後半はもう悪口にもなっていないどころか、僕が喜ぶだけだとはわかっていないらしい兄さんは数時間前からベットに寝転んだままこんなことをぶつぶつと呟いている。 

「子供で悪かったな、どーせオレは雪男みたいに大人じゃねえよーだ」 

「…」 

なんだこの可愛い生き物は。 
二人きりで仕舞う必要もない黒い尻尾は機嫌の悪さを表すようにぱしぱしと布団を叩き、無造作に揺れている。嫌悪するはずのその悪魔の象徴も、兄さんに生えているだけでとても愛らしく思えるのはどうしてなんだろう、と自問すること数十回今だ答えは出ていない。 

「ごめんって、違うよ。そういう意味で言ったんじゃなくて…」 

「いい。もう、いい。雪男のばあか」 

ごろんとひとつ寝返りを打つと、兄さんは背中を向けてしまった。不謹慎だろうか、拗ねた背中が少し小さく見えて可愛いだなんて。 

「…兄さん、ごめんて。」 

元から告白を受けたわけじゃない。 
それでも、タイミング悪く鉢合わせた兄さんに女の子を慰めるように肩を抱いた瞬間を見られてしまって、こうして機嫌を損ねてしまったわけだ。 

あれから何を言っても、兄さんは聞いてくれない。 
なのに今、僕は喜んでる。 

半ば無理矢理に想いを叶えたのは僕の方だった。兄さんは至って普通の性癖だったし、僕だって女の子を好きになったことだってあったけど、結局僕には兄さんしか居なかった。 

それが今は、僕が女の子に告白されて兄さんは嫉妬してくれている。それがたまらなく嬉しい。 

「…何にやにやしてんだよ、きもちわりい」 

「え?…あ、ごめん」 

知らず知らず緩んでいた顔を指摘されて、内心の不謹慎な感情につい謝る。それを特に不自然だとも思わない兄さんは少しばかり鈍くて、それが可愛くもあるのだけどやっぱりちょっと心配だ。 

「でも兄さん、なんでそんなに怒ってるの?」 

「はあ?!おっまえ…っ、さいあく。…もういいやっぱいい。」 

とついに立ち上がって、ドアに向かう。気が立っていても尻尾を引っ込めるのは忘れないのは感心できるけど、だからってこの流れで出ていかれたら困る。きっと、というか絶対向かう先は勝呂くんたちのところしかないのだ。あんな狼の巣窟に兄さんひとり放り込むなんて冗談じゃない、とドアノブに掛かった手を咄嗟に外せば思ったより激しく抵抗されてしまった。 

「触んな」 

「兄さん…頼むから、」 

「もう知らね」 

静かな抵抗は案外傷付くものだと初めて知る。激昂される方がまだマシだ、特に兄さんみたいな人は普段感情のままに生きているからこそ感情が見えなくなると途端に何もわからなくなってしまう。 

「悪かったよ、違うんだ。兄さんが妬いてくれたのが嬉しくて…」 

「は?妬いてねえよ」 

「妬いてるじゃない。」 

「妬いてねえよ!誰がお前なんか…」 

「僕は妬くよ。…兄さんが、今日僕がしたみたいなことしてたら僕は妬いてしまう」 

ぐっ、と掴んだ手首に力を篭めると兄さんの碧とも黒ともつかない瞳がかすかに揺らぐ。薄く開いた唇に、キスしたいな、と本能的に思った。よく動く唇は思うより柔らかくて、色より熱いことを僕はもう知ってしまっている。 

「な…んだよ、それ…っ、なら…………そんなら、あんなことすんじゃねえよ…!」 

「もうしない。誓うよ、兄さんに。だから…」 

キスしていい? 

ひめやかにそう囁けば、さっと朱を掃いたように頬が赤くなる。 

「ばっ…」 

「僕には兄さんだけだよ」 

兄さんからお許しが出るわけもないことは明白だったので、拒否の言葉が出る前に口は塞がせてもらった。自分の唇でもって。 

「っ…ん、く」 

「…っは、…兄さんも、やめてね。妬いちゃうから」 

「勝手なんだよお前…!キスすりゃ大人しくなると思って…!」 

「うん?キスで大人しくなってくれるの?」 

「てめ…っ!ざけんなっ!バカ!」 

クッションやら枕やらを手当たり次第投げ付けると、今度は布団を引っ被ってしまった。やっぱり尻尾は布団の端からはみ出ていてそれにどうしても頬が緩んでしまう。布団の中からは先程と同じような悪態が聞こえてくるが、明らかに照れているだけのそれに知らず知らず声を出して笑っていた。 

「笑ってんな!」 

「っふ、くく…」 

「出てけ!エロメガネ!セクハラメガネ!」 

「ごめんごめん。出て来てよ、兄さん」 

やわらかく布団の膨らみを叩き、掛け布団に手を掛けると予想に反して何の抵抗もなく捲れ、背を丸めた兄さんの姿が現れる。 

「…手慣れてんのがムカつく」 

「うん」 

「…メガネ当たるメガネ邪魔」 

「うん」 

「…エロいキスすんな」 

「それは無理かな」 

「うんっつっとけよ!」 

「無理なものは無理だもの。もっとエロいことしたいから」 

振り向いてはくれないけれど、尖った耳が桃色に染まるのを眺めていれば表情なんか見れなくても十分だった。 
さぞ可愛い表情をしているのだろう兄さんの顔を見られないのは残念といえば残念だけど、そのかわりに揺れた尻尾が僕の腕を掠める。 

(…これ性感帯だったりするのかな) 

怒られること必至。言わないけれど、定石としてそうであってくれないだろうかという思考は至って健全な男子高校生なら然るべきものであると思う。相手が兄、それ以前に男であるという問題を除けば。 

「…触んな」 

「!…え」 

「オレ以外に触んな…」 

―――ああ、もう、可愛すぎるのも問題だ。 

「兄さん以外になんて触りたくもないから安心してよ…」 

抑えられない笑みが滲む声音で、仄紅く染まった耳殻に囁き入れると探るような瞳がこちらを向く。怒りと言うよりは懇願するようなその瞳に、胸が締め付けられた。 
僕がこんな顔を、こんな瞳を兄さんにさせていいわけがないのに。 

「…僕の指も、唇も、腕も、身体ぜんぶ、兄さんの為にあるんだよ、そんなの、他の誰に触るって言うの…」 

「ん…」 

ちゅ、ちゅ、と軽いリップ音をたてて顔中にキスを落としながら幾度かの告白を繰り返すと、甘えるように頬を肩口に擦り付けられて。そんな兄さんが愛しくて堪らなくて、自然口づけは深くなる。 

とことん素直になった兄さんは少し無防備すぎて心配にもなるけれど、今はそれよりも受け入れてもらえるどうしようもないくらいの幸せを、ただ噛み締めた。 


Fin




―――――― 
ちょっと可愛い可愛い言わせすぎました。だって燐がかわいすぎるから。 
雪男は燐に関してだけ若干M入ってたらいい。えっちはドS。