ao-ex | ナノ
 
恋情転嫁
 



「奥村くん料理上手なんやなあ。」 

「おう、得意得意!」 

運がいいような悪いような、皿洗い班を決めるじゃんけんで奇しくも奥村くんとふたり仲良く負けてしもた。カレーを食べた後の皿なんか特に面倒やのになんでか運が悪い、と言えへんかったんは相手が奥村くんやったからに違いない。俺が皿洗いを好きなんてことはまかり間違ってもありえん。 

「いつ嫁に出しても恥ずかしないよ。」 

むしろ俺んとこ嫁にきてくれへん?という言葉は怒られること必至やと「嫁」という単語ひとつでキッとこっちを睨んできはった奥村くんを見て悟った。 
我ながら賢明な判断や。 
俺にしてみればかわええことこの上ない子やけども彼の馬鹿力には俺の愛の力でも敵わん。 

「誰が嫁だ。」 

「うん、すまん、旦那な。」 

「それも違くね…?」 

奥村くんが嫁っていうんが嫌ならいっそ俺が嫁でもええわ。そうなれば奥村くんは必然的に旦那やな、という思考を経て出た結論やったんやけど奥村くんは首を捻ってはる。かわええなあ。 

「あ、でも勝呂ならいいかも」 

「はぇ!?」 

「だって勝呂だぜ?んならいいじゃん」 

そう言って奥村くんはほっぺにごはんつぶつけたままにこっと笑う。 
かいらしい満面の笑みでなんちゅう爆弾発言かますんやこの子。坊ならええ?坊の嫁ならなってやってもええってそういうことか? 

何で俺はあかん? 

「何で俺はあかんのん?」 

ああもうほんま堪え性ないな自分。 
せやかてさすがに今のはキレてまうよ、いくら穏和な俺でもな。 

「は?………………………………………………志摩おまえ、嫁になりたいの?」 

「何で?!」 

奥村くんの思考回路は俺みたいな凡人には全く理解できん。坊や子猫さんに比べたらお世辞にも良いとは言えない俺が言えるほど成績悪いんはよおく知っとるけど、もしかして頭弱いんやろか。まあ俺はたとえ奥村くんが多少おばかやろうと変な性癖があろうと受け入れる準備万端やからええけど、それにしてもあんまり突拍子もないこと言いよるからキレた理性も繋がった。 

「だって勝呂ならいい嫁になるよなーっつったら何で俺はだめなんだって…」 

言ったろ?と、額に泡をつけてこちらを振り向きながら問い掛けるように首を傾げる。 
なんで額に泡がつくんかそれも俺には理解できんけど、奥村くんが洗った皿は俺が洗ったんよりよっぽど綺麗やし積み重なった量も俺のほうは二枚に対して四枚、奥村くんなりのやり方なんやと納得させた。 
それはそうと洗剤で奥村くんの肌が荒れたら事や、と服の袖で額の泡を拭ってやると、アーモンド型の瞳が猫みたいに細められて反射的にキスしてまうかと。 

―お願いやから下心もっとる男の前でそない無防備な顔せんとってくれ、と懇願にも似た思いで何とか堪えた。 
俺の前でも一緒や、奥村くんは俺が君でどんなえげつない妄想しとるか知らんだけ。 

「…え、何?奥村くん坊の嫁ならなったってもええって言ったんとちゃいますの?」

「はあ?だっから何で俺が嫁なんだよ!男だぞ俺ぁ!」 

「そんなことわかってますよ」 

「じゃあなん…」 

「坊なんかやめて俺にしとき。」 

よせばええのに。 
内心そんなことを思いながらも言わずにおれんかったんは、奥村くんがほんまは俺が言ったようなことを言いたかったんやないかとどっかで疑っとって。 

「―――……、…」 

いつになく真剣な顔をしとるはずの俺を見て、冗談やめろよ、と笑おうとしてはった奥村くんの顔が笑みよりも驚きで一杯になる。 

――あ、意味伝わってしもてる。 
奥村くんならわからんかなあ、なんて思てたのに。 

「…志摩?いや、あの、」 

「って、いや、そんなまさかあはははは」 

嘘つくん下っ手くそやな俺。 
そんなん思ったん初めてや、自分では特技の欄に嘘て書くくらいには嘘つくんは得意やと思っとったし愛想笑いやって建前やってばれん自信あったのに。 

なんでいつもみたいに、「冗談やん、おもろいな奥村くんは〜」くらいのこと言えんねん。 


何なん自分、俺に何したんよ、なあ、奥村くん。 

「っ、あ…あと、頼んだ」 

皿を洗う手も止めてじっと見つめると、奥村くんらしない、震える声でそう言い置いて走って行ってしまった。 

「追いかけな、俺…なにしてん、びびっとんな…!」 

振られるなんて当たり前。むしろ気持ち悪いと殴り倒されなかっただけ奥村くんに感謝するとこやわかってんのに、自分から「振られ」に行くこともできひんくらい俺は多分奥村くんに惚れてしまってる。 

「こないなヘタレ誰が嫁にもらってくれんねん…」 

ため息を落とせば、 

「…もらってやろうか」 

たった今去ったはずの声が座り込んだ俺の背後から聞こえて、耳を疑った。けど振り返ってみればそこに居たのはたしかに奥村燐その人。 

「!!は…、え?な、なんで?何で戻ってきたん…」 

「…」 

罰悪そうにずいっと突き出された手には、 
泡まみれのスポンジ。 

「置いてくの忘れた」 

「…そ、それ、置きにきはったん?」 

「っそうだよ!悪いかよ!」 

握りしめられたスポンジから滴る泡と水が地面に染みをつくる。 
まさかほんまに、スポンジ置きにきただけなんか。 

「…じゃあ、さっきのは?」 

「!別に、志摩が…へこんでたから…」 

――お人よしやな。 
そんなんやから、つけ込まれんねんで。 

「ほんまに俺のこともらってくれるん?」 

「へこんでねえじゃん!やっぱ冗談だったんだろどうせ…!」 

「冗談やったらよかった。でも、でけへんねん。」 

冗談ならよかった。奥村くんもそう思ってはるんか。やっぱり俺なんかいらんか。

けど、そんな風には思えへんよ、だって奥村くんめっちゃかわええ顔してはるもん。 


「…っ、志摩おまえ正気かよ…」 

「奥村くんこそ、やっぱやめなんて言ったら承知せえへんで。……覚悟しとき」 

「…お前が嫁なんだからな、そこ忘れんなよ!」 

「ええよ」 

もうなんでも。奥村くんが俺のもんになってくれることに違いはない。 

それに、今だけや。さすがに俺は奥村くんに掘られるんは無理やし、や、嫌や言うんと違て俺と奥村くんで俺が下っちゅう想像がどうがんばってもでけへんだけであって奥村くんがどうしても下が嫌やて言うんなら俺が下になんのもやぶさかやないけども。 

あわよくば、いう欲くらい許してな。 


Fin― 






おまけ― 

「お兄さんに嫁にもらわれました〜」 

「…兄さん?どういうこと?」 

「や、あの、実は…かくかくしかじかあってだな…」 

「そう、志摩くんに言い寄られたんだね?仕方ないな兄さんは、ほんとお人よしなんだから」 

「奥村くん奥村くんそのかくかくしかじかぜんっぜん伝わってへん!!!!!いやあながち間違ってもおりませんけどね!!」 

「そう………問答無用」 

「雪男!??」 

「兄さんは気にしなくていいよ。汚れた過去は僕が綺麗にしてあげるから」 

「―――――!!!」 


往生しました。 





―――――― 
志摩くんは嫁であり嫁ではない。掘られ…、……、…受けは燐です。 
合宿ねたと弁当ねたやりたいな…´._.` 

ちなみに林間合宿でした。三巻P164の志摩くんの台詞からここまで誇大妄想。