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きみの後ろの僕の席
 


※志摩side 



「じゃあ、勝呂くん」 

塾生一の秀才である勝呂はそれに伴って授業中の指名率も塾内一だ。そして今日も今日とて本日何度目かの指名を受けて、勝呂が席を立つ。 

完璧な答えを出した勝呂に教師の称賛と、燐の尊敬の眼差しが送られたのを見て志摩廉造はひそかに眉を顰めた。 

―いや、教師の称賛なんざどうでもいい。 
気に入らないのは、勝呂が授業中指名されるたび優等生ぶりを発揮するたび一番前の席に座る燐が闇色の瞳をきらきらさせて上段を振り返ることだ。 
一日に何度も見るその光景。けれど一度として志摩の視線がそれと交わることはない。厳しい薬学の教師に睨まれても外せない頬杖は傾いた機嫌の顕れである。 

(ほんまに奥村くんは坊が好っきゃな) 

これまでこんなにもこの幼なじみを憎く思ったことがあったろうか、といつでもどんなときでも志摩の目の前に立ちはだかる幼なじみの背中を気怠げに頬杖をついたまま穴があくほど見つめながら反問するが、答えはいつも否。 

いくら志摩より成績がよくたって、才能があったって、志摩は勝呂が努力してきたことを知っているから嫉妬なんてみっともない感情は抱かないし抱く余地もない。 

(せやけど、奥村くんのことは別や。いっつも口喧嘩ばっかしとるくせにええとこは全部坊が奪ってきはる) 

我ながら呆れるくらい青春していると思う。 
(幼なじみと恋のライバルやなんて今時はやらんわ) 

ふっと自嘲を含んだ笑みを漏らし、幼なじみの背中に向けていた視線を再び燐に移すと勝呂は既に席についているというのに何故か未だにこちらを見上げる燐の視線と志摩のそれがぱちっと重なった。 

(―――……へ) 

『ばあか』 

ぱくぱくと唇だけの動きだったけれど、すぐに読唇できた言葉。同時にアーモンド形の瞳が悪戯っぽく光り、弧を描いたのを目にして思わず頬杖をかくんっと外してしまった。 
しかし目が合ったことに志摩が感動するより先に燐はくるっと前を向いてしまう。 

(!………え、えぇ!?ちょ、そないバカなことあります?) 

確かに、バカに違いない。 

なんで今まで気付かんかったんや。 
奥村くんが見とったんは、俺やったのに。 

―坊ばっか気にしとったんは俺の方や。



いもしない恋敵に嫉妬して、挙げ句の果てには想い人から注がれる視線にも気付かないで。 

(アホすぎるわ自分…) 

深い碧色のきらきらした瞳は夜闇に浮かぶ星みたいだ、と柄にもないロマンチシズムに浸ってみたりもしたけれど。 

(もう、俺のもんって思ってええの?) 







(?何言ってんだお前、なんで俺が授業中に志摩のこと見るんだよ?) 
(えぇええぇぇえ?!!) 


おわり