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山梔子の咲く
 

※志摩→燐 




「奥村くんネクタイ結ぶん上手やね」 

「!っ……あぁ、うん」 

「!」 

しまった、言うんじゃなかった、と咄嗟に後悔。 

志摩は入学当初からすでに窮屈だからとネクタイは締めておらず、結ぶのもさして得意なわけではない。 
多分制服のネクタイをきっちりと締めたのなんか入学式の間の数十分くらいの話だろう。真面目な勝呂や子猫丸には制服くらい規定通りに着ろ、としつこく言われ、教師らには髪色も含め再三の注意を受けてはいるが志摩にその気は全くない。そのためか、必然的ではあるのだが教師に目を付けられているきらいもある。(ただ志摩にしてみればあんなにわとりみたいな頭をしている勝呂に身嗜み云々の注意を受けたくはない) 

ただ志摩は、どちらかと言えば燐も自分と同じようなタイプだと思っていたから意外だったのだ。 
ネクタイなんか窮屈だし、結ぶのも苦手。 
しかし燐は志摩の予想を見事に裏切って常に規定通りの制服を着て、ネクタイもきっちり締めて、その上ネクタイを結ぶのが上手で。 
先刻の言葉も、ただ得意げにその碧眼を煌々と輝かせる顔が見たくて深い意味もなく発しただけだったのに。 


「…父さん、に、教えてもらったんだ」 

「……―そか、ええ親父さんやね」 

言わなければよかった。 
言うんじゃなかった。 

目尻にぐっと力を入れ、懸命に涙を堪えているのも。それなのに心からのものだと直感する慈しみと愛しさに溢れた笑顔も。 
誰かを想ってこんな顔をする彼を見たことなどない――見たくもない。 

彼らの父親がすでに亡くなっていることは知っていたけれど、「ええ親父さんやったんやね」なんて言えなかった。 
死から目を背けるほど子供じゃないことはわかっている、それでも、過去のことにしてしまうには彼の中のその存在は大きすぎて。 


(俺は、どうしたらええ? 
俺にどうせえって言うん?) 

どうせいくら頑張ったところで叶わないと知って、これ以上なにを。どうすれば。 


「……いい父さんだった、俺は、誰より幸せ者だったはずなんだ…っ、…」 

そう言って笑う彼の顔はひどく儚い。 
他の誰かのためのものなら脆くも崩れ落ちてしまえばいいのに、と嗜虐的な思いに駆られるも、そんなことができるはずがないのもまた目に見えていた。 
今の燐には志摩の姿なんか見えていない、目の前に居ない、この世にすらもう居ない大切な人を思って彼は必死に笑顔を保っているのだ。 
今にも泣き崩れんばかりの姿には上辺だけの下手な言葉も掛けられず、ましてその彼の大切な人を憎くすら思っている自分が何を言っていいわけもない。 

彼の心が、身体が、感情の全てが、涙の一滴笑顔ひとつさえもきっと彼はその人の為にしか、費やすことはない。 



(ずるいわ…) 

(……死んだ人に敵うはずあらへんやん)

(そんなん一生…、…っ) 




縋るように伸ばした手をきつく握り締める。鼻をつく鉄錆の匂い。 
生温い液体が掌をぬるりと撫でる感触に、吐き気が込み上げた。 













――――― 
燐は結び方を獅郎に教えてもらったから制服でもちゃんとネクタイ締めてるんだと思います。