kuroko | ナノ
 
Golden Age
 



化学の眠たい授業を欠伸混じりに右から左へ聞き流していた黄瀬は、ふと視界の端に引っ掛かった光景に僅か興味を引かれた。

(なんだあれ、バスケ部?) 

外のバスケットコートで、ルールも何もなくただボールを取り合って点を重ねていくだけのゲームを賑わしくやっている彼らが黄瀬には全く理解できない。彼らの中には少女の姿も見え、しかしその少女を気遣う様子もなく、少女もそれを気にした様子もなくまるで戯れのようなバスケを楽しんでいるように見えた。

と、唐突に走り出したと思うと、なるほど同じく校舎から二人の教師が走り出たところだった。しかし放り出されたバスケットボールを拾いに戻る影がある。

(あーあー、あんなの放って逃げればいいのに。)

他のメンバーはバスケットボールになど目もくれずとっとと逃げたというのに、よほどバスケが好きなのだろうか。それにしても、という黄瀬の思いはしかし全て杞憂だったらしく、二人の教師は彼に気付いた様子もなくただ逃げ出した他の五人を追っていった。


(変なの)


黄瀬自身気付かぬ内に頬が緩んでいたことなどまして誰彼が知るはずもなかった。







昼休み、いつでも黄瀬の周囲には自然と人が集まり、時間が経つにつれ次第に賑やかさを増す。しかし上辺だけのそんな賑やかさは黄瀬にとって息苦しく鬱陶しいだけのもので、今日に限って無性に煩わしくなった黄瀬はひとりで屋上に向かった。追ってくるのは少女たちの黄色い声だけで、友人の姿はない。 

(こんなもんだよ) 

所詮『黄瀬涼太』など客寄せパンダのような存在意義しかない。それをわかっているから黄瀬は特に何の感慨も抱かなかった。 

足取り重く階段を昇り、錆びた鉄製の扉を押し開けると思いがけない面々を見つけて黄瀬は一瞬動きを止める。 

「―――…」 

「んあ?…あっ!お前」 

「え…っ」 

屋上の柵に背中を預けているため黄瀬と正面から向き合う形になった浅黒い肌の少年はパンをいっぱいに頬張ったまま黄瀬を無遠慮に指差した。あまりに無邪気なその様子には腹も立たない。

「あ、黄瀬くん…」 

「テツ知ってんのか?」 

「知ってる、というか…有名人ですから」

黄瀬を指差した少年の隣に腰を下ろした、体格のいい少年たちの集団には不似合いな、一瞬少女と見紛うばかりの華奢な少年。高いけれど耳に馴染む声音がその中性的な雰囲気に拍車をかけていた。黄瀬を見つめる瞳や風に靡く髪の毛の綺麗な空色につい目を奪われる。

「へー、さっき見てたよな?3階から」 

「!あ…はい」 

気付かれていたとは思わなかった。
意外な方面からのアプローチに戸惑うと、それを察してくれたのか「テツ」と呼ばれた少年が浅黒い肌の少年を窘めるように未だ黄瀬を向いていた指を静かに下ろさせた。 

「青峰くん、いい加減失礼ですよ」 

「わあかってんよ。…で?何か用か?」 

「えっ!いや…別に」 

あなたたちを探してここに来たわけじゃない、とは言い出せず口ごもる。すると、当たり前といえば当たり前なのだが空色の少年と赤い髪をした少年が呆れ混じり苦笑混じりに言った。 

「青峰くん…屋上は僕たちのものじゃありませんよ」 

「黒子の言う通りだ、屋上に来ただけで別にオレたちに用があるわけじゃないだろ」 

なあ?と視線を投げられて、苦笑いで返すと「青峰」なる少年は不満げに口を尖らせる。 

「だあから、さっき見てたんだって」 

「いや、あれは…」 

「授業中に何やってんだ、って普通なら思うわな。」 

誰が何を言っても、どうも黄瀬が自分たちに用があると思い込んでいるような青峰に、赤司と呼ばれた少年は黄瀬に申し訳なさそうな視線を投げて軽く肩を竦めた。

そして、黄瀬が立ち尽くしている間に彼らは皆食事を終え立ち上がる。黄瀬は同級生の中では背の高い方だという自負があったので、立ち上がった彼らの身長に驚きつつもやっぱり小柄だった黒子に何故か安堵のような感情が湧く。 

「悪かったな、もうオレらは出てくから好きにどうぞ」 

「ほら青峰くん、行きますよ」 

「へーへー、じゃあな」 

淡泊な質なのか、食べ終えるまで不満げだった青峰も黄瀬の横を通り過ぎる際にはすっかり機嫌も戻って気安く肩を叩いて校内に引っ込んだ。 

しかし、黄瀬自身意味のわからない焦燥に駆られ、彼らを追う。 

「あ、あのっ」 

「?」 

真っ先に振り返ったのは、黒子。 

「…バスケ部に、入りたいんス、オレ」 

「!」 

黒子の大きな瞳が更に大きく見開かれ、青峰がほらな、という顔で得意げに笑んだ。 

「―黄瀬、って言ったか」 

「!…っス」 

















「………オレたちに言うな」 

「へ、」 

「入部届けなら顧問に貰ってくれ。」 

じゃ、と片手を挙げて階段を下りていく赤司を髪の長い見るからに一番背の高い少年が追っていく。その後を変なぬいぐるみを手に持ったメガネの少年が追い、青峰と黒子だけは二人で顔を見合わせて笑った。 

「歓迎するぜ?」「歓迎しますよ。」 

「!はいっ!今すぐ顧問とこ行ってくるっス!」

昼ご飯を食いはぐれるのも構わないでたった今昇ってきた階段を駆け降り、職員室に走る。教室からの足取りの重さが嘘のように足が軽かった。 



「赤司くんだって嬉しいくせに、素直じゃないですね全く」 

「…うるさいぞ黒子」 



Fin― 





―――――
黄瀬が入部する前の話を一回書いてみたかったんです。キセキは授業サボってバスケしてればいいんじゃないかな。先生にばれた時のボール回収係はもちろん黒子っち^^
ちなみに屋上にももいちゃんはいません。