kuroko | ナノ
 
グッバイメルシー
 



第一印象は正直、覚えていない。
なにしろそれこそ彼の存在意義と言っても過言ではないのだからそれはそれで構わないのだけど。
ただ第一印象、ではなくとも元チームメイトだという紫原と並ぶ姿にはシンパシーにも似た親近感を覚えたのは確か。敵対チームに対して不謹慎だったかもしれないが、180越えの規格外ばかり集まるチームにいる身として同じく自分よりも背の高い男たちに囲まれている彼にそのような感情を覚えたとしても致し方ないことだ。


───まあ、当の黒子テツヤには福井さんだって176もあるじゃないですか、と眉を顰められてしまったのだけど。

「比較対象が違うだけで福井さんは標準以上でしょう?一緒にしないでください」

「なんだよつれねえな」

空になったコーラを往生際悪く啜ると、溶けた氷で薄まった不味い液体が不本意に流れ込んできて眉を顰める。小さくなった氷が音を立てて崩れる様をざまあみやがれと眺める俺を、呆れた色を隠そうともしない黒子の瞳が見つめているのに気付いてにへらと笑って誤魔化した。

「…そんなことより、こんなところに居て良いんですか?」

言いながら、咥えたストローをかちりと歯で挟む。えろいな、と反射的に思ってしまったのは健康な男子高校生の性であって断じて俺が助平なわけではない。そんなこと紫原に知れたら締められるのは必至、口にはしないけれど。

然して彼の言うこんなところとは、市街にありふれたファストフードチェーン店である。学生や若者で賑わう此処、もちろん場所は東京。
ウインターカップを敗北という形で終えた俺たちにはもう東京に留まる理由はない。とは言え、

「たまには休息も必要だろ?敦なんか特に」

紫原の名前を口にした瞬間、テーブルの上でゆるく握られていた拳が視界の端でぴくりと揺れる。

「…紫原くんはどこに?」

「東京ばなな買ってくるってさ」

「…それはそれは、お元気そうでなによりです」

一瞬でも気にかけた自分が馬鹿だった、とでも言いたげに、音を立ててバニラシェイクを啜る。その耳障りな音があまりに不満そうな色を含んでいたものだから笑ってしまった。

「おいおい知ってんだろ?あいつは元気がなくなるほど糖分が必要になんの」

紫原が入部してからたった数ヶ月、しかも部活だけの付き合いしかない俺でも知っていることだ。目の前の彼が知らぬはずもないだろうに。

「そうでしたか?もう忘れました」

「うわあ…」

「なんです、その顔」

あからさまに顔を顰めてはみたものの、実際黒子の表情は態度ほど冷めきったものではなく素直じゃないなと思わず苦笑が漏れる。

「ま、いいけど」

「…なんですか」

「いいや?何でもねえよ?素直じゃねえなあって」

「どっちですか」

その黒子の台詞を何でもないのかあるのかどっちだ、と受け取った俺は笑って何でもねえよと答えたのだけれど、黒子の本意はどうやら違ったらしい。

「?…ああ、そっちじゃないです」

「そっち?」

「素直じゃないのは福井さんの方でしょう?」

「は?」

「用事が無いなら無いで、わざわざ紫原くんを理由にしたり回りくどいことしなくても素直に誘ってくれればいいんですよ?」

こてん、と首を傾げる彼はそりゃもうわかってやっているのではないかと疑いたくなるほどに可愛らしい。が、その実とんでもない小悪魔だ。

「っ、おま、え…なあ…っ!」

急激に熱を持っていく頬を隠したところですでに無駄だろう。なにしろ黒子は全てわかったうえでやっているのだろうから。

金魚さながらにぱくぱくと口を開けたり閉めたり、言い返す言葉も見つからない男を前にくすりと微笑んでさえみせる彼を見て俺はつくづく、こいつもキセキの世代の一員だったのだと思い知った。



おわり





─────
なんだかこの前の宮黒と似てるなあと書きながら思ってたんですけれど結局そのまま…。だって、福黒とか宮黒とかに劇的な事態なんて起こりそうもないじゃないですか…。