kuroko | ナノ
 
コーヒーは無糖でお願いします
 


「おまえはあいつらに甘すぎる」

夏休みも中盤に差し掛かった8月の中旬。夏休みといえど仮にも県の強豪校として名を馳せている二校である、部活の練習に明け暮れる毎日に休みなんてあってないようなもので、やっと休みが合った二人は秀徳高校近辺の小さな喫茶店で向かい合っていた。
そして注文したドリンクが届く間もなく冒頭の科白である。

「…そうですか…?」

疑問の形を取りつつも宮地の科白は同じ学校の先輩や同級生の方々から言われ続けていることだった。それだけでなく彼らのチームメイトからもあまり甘やかしてくれるなと言われてしまう始末。
甘やかしているつもりなど毛頭ない黒子としては、首を傾げるほかになかった。

「自覚なし!そんなだからあいつら一向に懲りねえんだよ!」

吐き捨てるように言われるそれに最初こそ腰が引けることもあったけれど、これが彼の自然体であるとわかってからは受け止められるようになった。ただ普段の口調と怒っていたり機嫌が悪かったりするときの口調とが変わらないのでそちらの方が黒子はよっぽど苦労するのだけど。
多分、今は怒っているのだろう。

「そんな、と言われましても…彼らにはそれなりに相対しているつもりなんですけれど」

「それなり?へえ、俺とデートしてても呼び出しには応じるわ俺と二人でいるとこに確信犯的に現れても疑いもしねえわ俺がいないとこで二人で会ってるわ抱きつかれても平気な顔してるわ挙げ句俺に抱き合ってるとこ見られても言い訳どころかあいつらを庇うようなことばっか言いやがって、それなりってか?」

店員の女性が居心地悪そうにドリンクを置いていくのも構わずにずらずらと非難を並べていく。
男同士の痴話喧嘩と思われてはいないだろうかと意識を尖らせる黒子に比べ、宮地は歯牙にもかけず挿さったストローで乱暴にコーヒーをかき混ぜている。彼はいつもそうだ。男同士で付き合うことに何の抵抗も後ろめたさも感じてはいなかった、最初から。外で会うときもごく自然に手を繋ぐし映画館ではキスをするしご飯を食べればあーんをしたがるし、その度にひやひやする黒子を放って屈託なく笑う宮地を見ているとそれもどうでもよくなってしまう自分も自分なのだけれど、あからさまに関係を隠されるより嬉しい気持ちは止められないのも事実で。
そんな彼のせいかおかげか、自分たちの関係はとっくに近しい人間には知れている。
もちろん、彼らにも。

だからこそ宮地が気にするようなことは何もないと黒子は思うのだけど、目の前の恋人は違うらしい。

「…それは、申し訳ないと思ってますけど…、」

「悪いとか悪くねえとかの問題じゃねえんだって」

じゃあ何だろう、と思っているとそれを察したかのようにじろりと睨まれる。

「じゃあなんだ、って?」

「すみません」

全くその通りで何も言えない。
どうにも色恋に疎いらしい自分はそういった面での人の気持ちを推し量るのが極端に下手くそであると気付いたのも彼と付き合いはじめてからだった。正直に降参を示せば、宮地は眉間に深い皺を刻んでため息を吐く。苛々しているというよりは呆れを隠せないといった感じ。こういうことならわかるのになあと目の前に置かれたココアを手持ち無沙汰にぐるぐるとかき混ぜながら宮地の次の言葉を待っていると、再びため息がひとつ。

「…あー、イヤんなるわ…」

「…あの、ええと…すみません…」

それはつまり黒子があまりに彼の気持ちを理解できていない、という、ことだろうか。
申し訳なさと不安とで何を言うべきかもわからず謝罪を繰り返せば、宮地は眉間に刻んだ皺を親指の腹でのばしながら小さく舌打ちした。

「ちげえよばか」

「は?」

「…っだから、ただの嫉妬だろ!じゃあなんだって言われりゃそんなもん、俺にもわかんねえ」

「しっ、と…?」

「そうだよ悪いかよおまえがいつか獲られんじゃねえかってびくびくしてる情けない男だよ悪かったな」

テーブルに肘をついてついには顔を埋めてしまった。普段自信に溢れているだけにそんな姿だったり榛色の癖っ毛から覗く仄赤い耳朶だったりがなんだか可愛くてつい、手を伸ばす。柔らかな髪に指を絡ませて撫でるように掻き混ぜると、ぴくりと動いた腕の隙間から驚いたような瞳がこちらを向いた。

「…なんだよ」

「いえ、…かわいいなあと」

「ふざけんな喜ばねえぞ」

「わかってますけど、でも宮地さんは、宮地さんが思ってるよりかわいいですよ」

「…いらねえし」

「あと、多分宮地さんが思ってるより僕は宮地さんのことが好きですから、安心してください」

「っ、…は、おま…」

一瞬にしてぶわっと頬を染める彼の、なんと可愛らしいことかと。
緩んでしまう頬をそのままに、ゆるゆると撫で続ける手が振り払われないのをいいことに艶のある髪の毛が指の間を滑る感触をしばらく楽しんだ。





「…なんっか、納得いかねえ」

「そうですか?」

「丸め込まれた気分」

ストローを咥えたまま唇を尖らせる彼の袖をわずかに引く。

「宮地さんといるときは電話やメールにも応じません、どこかで会っても挨拶に留めます、抱き着かれたら…できる限りの抵抗はします」

それなら嫉妬なんかしなくていいでしょう?不満げな色を浮かべたままの彼にそう告げた瞬間、吊り目気味の猫目が目一杯に見開かれ、ストローがぽて、と間抜けな音を立ててテーブルに落ちる。そして半瞬後には今日一番のため息が漏れた。

「…あーマジで…情けねえ…」

「はい?」

「束縛するつもりとかねえし、嫉妬なんて女々しいってわかってんだけど。…なんで嬉しいんだろうな」

苦々しさを含みながらもひどく幸せそうに微笑うものだから、釣られるように黒子の顔にも笑みが浮かぶ。

「…それは、良かったです」

彼が喜んでくれるなら、嬉しいと感じてくれるなら。彼らには悪いけれど今や黒子にとっては彼らより宮地との時間の方が大事なのだから仕方ない。背に腹は変えられないというし、うるさい友人たちには少しばかり我慢してもらおう。


もとより甘やかしているつもりなどこれっぽっちもない黒子は、彼らに対してならどこまでも酷薄になれるのだった。







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一回書いておきたかったんです宮黒
マイナーですね、さすがに宮黒をマイナーじゃないとは言えません。高黒はマイナーじゃないんだよ!^o^三^o^


激しくどうでもいい補足
コーヒーは無糖でお願いします=目の前の恋人が甘すぎるので

恥ずかしいよ宮地先輩!