kuroko | ナノ
 
ピーターパン症候群
 


!無期限フリー
!自作発言、再配布以外はなんでもおっけーですよ


「ん」

照れ臭そうな表情と共に突き出された手。自分とは違いごつごつした男っぽい手は憧れの対象だけれど、なんだろう、くれるとでも言うのだろうか。

「…はい?」

「っ、やるっつってんの!」

首を傾げるだけの黒子に焦れた火神が押し付けるみたいに突き出してきた拳が目の前でぱっと開かれて、落ちてきたものを反射的に受け止めた掌の上にばらりと散ったのは色とりどりの飴玉だった。

「ありがとう、ございます…?」

「っ…―た、誕生日なんだろ?!悪かったなしょぼくて!知らなかったんだよ!!」

「え?誕生日?」

「あ?!」

「え?」

「…はあ?!ちょ、違えとか言わねえだろうな?!」

「あ、はい、いえ、誕生日、ですけど…」

でも、そんな。まさか。
黒子の誕生日なんて火神が知るはずはないし、知っていたとしても男同士の友人間で誕生日をわざわざ祝いはしないだろう。
それに第一、黒子だ。
いつも、誕生日どころか存在さえ忘れられているような。

「なんだよ、じゃあ何そんな驚いてんだ?こんなショボいプレゼント貰ったのなんか初めてだって?」

「違いますよ、変なところで卑屈なんですから…」

驚いたのは、ただ、彼の祝福そのもの。
たとえ小さな飴玉だって、誕生日祝いだと言ってくれただけでも十分なのだ。十分、十分すぎるくらい嬉しい。

「…でも、なんで」

「……朝、カントクがお前に言ってたの聞いたんだよ」

「ああ、それで…」

納得した。そうでもなければ火神が黒子の誕生日なんて知る由もない。男同士なんてそんなものだろうと黒子自身は割り切っているし、薄情にも黒子は火神の誕生日を知らないわけで。
しかし黒子の呟きをどう曲解したのか、火神は罰悪そうな表情を浮かべて言う。

「…あー、あれだ、今日、シェイク奢ってやる、から」

「いいですよ、こんなに貰ってしまいましたし」

黒子の小さな掌に散らばる飴玉は包装紙も様々で、できる限りかき集めてくれたのだろうと容易に想像がついた。そして溶けてしまった飴玉の不格好さまで今は温かく胸に満ちるものがある。
気遣ったわけでなくそう素直な気持ちを告げれば、帰国子女とは思えないほど照れ屋な火神は直ぐさまそっぽを向いてしまったけれど。

「…嬉しいです、本当に。まさか祝ってもらえるなんて思ってもみなくて、カントクから言って貰えただけでもびっくりだったのに」

「んなもん当たり前だろ、って、知らなかった俺が言えることじゃねえんだけど…」

「いいえ…」

「っ…、でもよ、あれだろ?どうせキセキの奴らはうるせえんじゃねえの?」

「ええ、みんな…僕の誕生日まで覚えてくれてて、彼らだけはいつもお祝いしてくれました」

一月に一度の幼稚園のお誕生日会、黒子の名前だけがいつも無かった。親しかった小学校の友人さえ、黒子のことをよく見失った。

思えば黒子を本当の意味で見つけてくれたのは、キセキたちが初めてだったのかもしれない。
そんな彼らを、唯一黒子が生まれた事を自分のことのように喜んで祝福してくれた彼らをやむを得ずとはいえ突き放した自分。
その選択が間違っていたとは思わないけれど、一抹の淋しさを覚えるのも本当だった。

「黒子の誕生日"だから"だろ?」

「!」

降って湧いたような火神の言葉。
何気なく告げられたそれがどうしてか琴線に触れて、狂おしいほどの寂寥が襲う。
涙は出ない。
ただ淋しい。今日のこの日、黒子の傍に彼らがいないことがひどく空虚に思えた。

「…っ、…は、都合のいい…」

「…バカだな」

「本当、に…馬鹿です」

「そういう意味じゃねえよバカ」

自嘲ぎみに笑う黒子の頭をぎこちなく撫でる火神の手は、彼らと似て不器用だった。



*



「おっ、黒子ー今日誕生日なんだってな、おめでとさん」

体育館の扉を開けた瞬間に掛けられた日向の言葉に驚いて固まると、それに倣った部員たちも口々におめでとう、と口にする。

「!っ、…ありがと、う、ございます」

「まあ誕生日だからって練習量減らしたりはしねえけどな」

言って、笑いながら放ったバスケットボールは綺麗な放物線を描きリングに吸い込まれた。

「…あいつらだけじゃねえよ、お前の仲間は」

「火神く…」

一足先に体育館へ来ていた火神が黒子の立ち尽くす扉の横の壁にもたれ掛かって快活に笑う。
それを振り仰いだ瞬間ずし、と明らかに人為的な重さを肩に感じて、しかし覚えのあるその感覚にまさか、ありえない、期待するなと戒めながらも期待は膨らみ、そして、振り向く。

「あいつらって誰のことっスかねえ、火神っち」

「っ…、きせ、く…?」

「誕生日おめでとう、黒子っち!」

屈託のない笑顔を浮かべる端正な顔は見紛うはずもない黄瀬のもので。

「てめえ俺より先に言うんじゃねえよ黄瀬のくせに!」

「いった!殴んなくてもいいじゃないスか!」

「てめえが…!」

「あ、お、みね…くん?」

「!…よお、テツ。誕生日おめっとさん」

太陽みたいな懐かしい笑顔はたしかにかつての光―――青峰のもので。

「どうでもいいけど涼太、テツヤから今すぐ離れろさっさと離れろとっとと離れろ。あ、誕生日おめでとう、テツヤ」

「今日はお菓子でパーっとお祝いしようねー黒ちん」

「紫原にとっては今日に限ったことではないのだよ」

黄瀬の首ねっこを掴み黒子から引っぺがした怖いくらいの笑顔も、その横からひょこっと顔を出した子供みたいな無邪気な笑顔も、最後尾で眼鏡のブリッジを押し上げながらのしかめっつらも、全部全部、黒子の空虚を埋めてくれるもの。

「みなさん…、どう、して…」

「?どうしてって、ねえ」

「ねえ」



「テツの誕生祝いに決まってんだろ」



今更このメンバーで他に何すんだよ、と。
当たり前みたいに言う青峰に、深く頷く黄瀬と紫原、呆れ顔の赤司と緑間。


―――ああ、駄目だ、泣いてしまう。


「…っ、…ふっ」

「なに泣いてんだ、テツ」

「だっ…て、も……、こんな…っ」

「あーあー青峰っちが黒子っち泣かしたー」

「泣かしたー」

「なんで俺のせいなんだよ!」

「大輝の言う通りだ、大輝が来たことが一番嬉しいなんて有り得るはずないだろう?」

「赤司てめえ…」

「しいて言うなら、ここに居る全員の責任なのだよ」

緑間の一言に一瞬水を打ったように静かになり、互いに顔を見合わせる面々。しかし、その半瞬後にはもう笑顔が溢れる。

「そりゃそうだ!」

分かたれた彼らが再び何の蟠りもなく笑い合う、そのあまりに幸せな光景。それが黒子のためだと言う、幸せ過ぎる事実。
そう、夢みたいな。

「…くるしい」

「え?」

「くるしいんです、…ここが」

ちょうど心臓の上。
引き絞られるように痛む場所を右手で覆うと、その上に重ねられるもうひとつの手がある。

「!」

「最上級っスね」

「え?」

「感動の、最上級っスよね、それ」

そう言う黄瀬の方があんまりにも嬉しそうに美しく笑うものだから。

「…そう、ですね…感動…はい、感動、してます…」

「…っしゃ、感動ついでに今日は黄瀬ん家で祝うぞ!」

「なんで俺ん家なんスか!?」

「うっせえ文句あっか!」

「ええもうありませんよ!」





「…言ったろ、バカ」

「…火神くんには言われたくないです」

「るっせ」

「でも、ありがとうございます…」

「あいつらに言えよ」

「はい、でも…本当にうれしかったんです」

「…あっそ」

「はい」

「………っ、ああもう行けよ!はやく!」

「え、でも練習…」

「誕生日プレゼント、貰っとけば?」

「!…っ、…はい…、すみませんご迷惑かけて」

「いいから」

追い出すようにぐいぐいと背中を押され、苦笑いを最後に扉を閉められてしまった。

中からは耳慣れたバッシュの音とボールのスキール音が未だ聞こえてくるけれど、今だけはそれよりも大事なものが目の前にある。

「黒子っち早く早く!」

「来いよテツ」

「どうしたんだい、テツヤ」

「黒ちん早くおいでよー」

「早くしないと置いていくのだよ、黒子」

キセキたちが黒子を呼ぶ。
懐かしい愛称で、声で、口調で、表情で。
それは、一年前と何ひとつ変わらないような。



「…、はい…っ」




HAPPY BIRTHDAY
TETSUYA KUROKO!



フリーにしてみたけれども需要はなさそうです。まあいいか