kuroko | ナノ
 
オマエの気持ちだけがわからない
 


「…あ」 

「…え?」 

日曜の昼下がり。 
久々の休息日、場所は自宅からしばらく離れたところにある本屋。 
近所で知り合いに会うのが煩わしい花宮はいつも自宅から二駅離れたところにあるこの場所まで足を伸ばす。 

そんなところでまさか仇敵と会うなんて思ってもみなかった花宮は、こちらに気付いた相手と共に視線を交わしたまましばらく硬直した。 

「…お前なんでこんなとこに居るんだよ」 

「悪いですか僕が本屋に居たら」 

花宮のいかにも不機嫌な声を受けても表情筋をぴくりとも動かさず、あまつさえ言い返してくる相手、黒子テツヤは手に持っていた文庫本を丁寧に本棚に戻すとすぐさま踵を返した。 

「…って、おい待てよ」 

「何ですか?」 

わからない。 
花宮自身自分達が負けた最大の要因ともいえる黒子を何故引き留める必要があったのか皆目わからない。 
普段無表情のくせして不快感だけは如実に表す黒子。 
そんな奴を何故自分は用もないのに引き留めているのか、別に今更怪我をさせてやろうなんて考えてもいないしまして激励するつもりもないのに。 

「…」 

「何か?用がないなら帰るので離してもらえませんか」 

自分の腕を掴んだまま黙り込む花宮を訝しげな目で見つめる黒子の言葉は真っ当すぎて反論もできないが、それでも掴んだ腕を離すことはできなかった。 

「…あいつは元気かよ?」 

「…?」 

「木吉に決まってんだろ」 

「!…あなたに教える義理はありません」 

木吉、と口にした瞬間眇められた瞳。 
振り払おうと力が篭められた腕。 

「心配してんだろ?こっちにもちょっとは責任あるわけだし?」 

反射的に失敗した、と悟ったけれど一度滑り出した口は止まることなくするすると嫌みばかりを放って、黒子の眉間のしわをより深く、目付きをより鋭くしていく。 

「……可哀相な人」 

「…――は?」 

「木吉先輩の中に何かを残したかったのなら残念ですね、木吉先輩は…」 

「はあ!?てめ、気持ち悪ぃこと言ってんじゃねえ!」 

嫌に真剣な顔で何を言い出すかと思えば木吉に何かを残したかったとは一体なんの戯れ事だ。心底気持ち悪い。 

「!…あれ違いましたか」 

「掠りもしてねえ。なんで俺があんな熊みたいな男を…」 

「熊…」 

「冗談でもやめろ気持ち悪い…それともあれか、まさかそれで精神的ダメージ与えようって?よかったな、大分効いたよ」

自分でも不本意に漏らした一言のせいでとんだ目に遭った。もう行け、という意味で掴んだままだった腕を解放してやると、あんなに苦々しい顔で振り払おうとしていた手から解放されたというのになぜか黒子は佇んだままその場を動こうとしない。 
まだ何か言い足りないのかと倍返しされた気分の花宮は胡乱な目付きで黒子を見下ろせば、 

「っふ…」 

「ああ?」 

「すみませ…、まさかそんな…ふ…っく」

「笑ってんじゃねえよ、誰のせいだ…」 

「いえ、だって…てっきり木吉先輩のことすきなのかと…」 

いまだに笑いを堪えている様子の黒子に、しかし不思議と苛立ちは湧かない。 
どころかこの柔らかい気持ちは何だ。 

「んなわけねえだろ、お前ならまだしも…」 

「………―は?」 

あまりにも自分とは不似合いな気持ちに戸惑って、花宮はその戸惑い混じりにするりと出た自分の問題発言に気付いていなかった。 

「…あ?」 

「すみません…今なにか…?」 

花宮よりもよっぽど戸惑った顔の黒子に問われて初めて己の発言を反芻し、気付く。 




――可笑しいだろう。 
黒子ならまだしも、だって?黒子だって見た目がこうなだけで生物学上はれっきとした男だ、雄だ、同性だ。 

それを、 

「俺今なんて…」 

「………………さあ」 

手を離した時に行けばよかったものを、今このタイミングで逃げるように背を向けた黒子にそうはさせるかと首根っこを掴んで、開き直った気分で引き寄せる。 

「!なに…」 

「……お前ならいいっつったの」 

「は?」 

「お前なら男でもいいかってこと」 

「……それはどうもありがとうございます」 

意味はわかっているのだろうになおも無表情を崩さない黒子から気持ちは読み取れない。嫌悪はされていないようでも、そんなことで喜ぶほど馬鹿でもない。 

「…お前ほんとにわかんねえな。」 

花宮の頭をもってしてわからないことなどないという過信。実際今までそれは過信などではなく事実だったのだ。けれど、目の前の人物だけにはそれが通用しない。 
考えてみれば試合の時からそうだった、花宮の予想を覆したのは「誠凛」というチームではなく黒子だ。 

「人の気持ちを量るのにIQは関係ないんですよ。それがわかっただけでも儲けものだったんじゃないですか。」 

「…結局お前は俺のこと好きなの、嫌いなの。」 

「…あなた風に言うと、『教えてやらなきゃそんなこともわからないのか』?」 

そんなことを言った覚えはないが、あまりにも的を射ていたためにそうも言えずに押し黙る。 

「てめえ…」 

「まあでも僕はあなたみたいに捻くれてませんから教えてあげましょうか。きらいです」 

「!…上等じゃねえか」 

「嘘です」 

「ああ?」 

「それも嘘」 

「…あのな、おちょくってんのかお前」 

「それくらいわかってください、頭いいんでしょう?」 

食えない笑み。うっすら浮かんだそれはひどく酷薄なようで、とてつもなく可愛らしい。 

「ッチ…」 

(わかるか、お前の気持ちなんて) 

感情をあらわにする割になぜこうも謎めいているのだろう。それが花宮にはわからない。怒りも喜びも悲しみも、案外すぐ感情が顔に出るのにどうも本心を掴みかねる。知能指数など関係ない、という彼の言い分をまるで我が身で実践されているように。 

「頭では嫌いです。」 

「…は?」 

「常識的に、客観的に見て僕はあなたを『嫌いになるべき』なんです」 

「めんどくせえ…」 

「はい、とっても…大っっ変面倒なことに、僕には常識と客観性が足りないらしい。あなたを嫌いになるべきなのに、嫌いになれない。だからきらいなんです。」

「…意味わかって言ってるか、それ」 

「いいえ。」 

あっさりと首を横に振る。潔いにもほどがある答えだ。 

「…俺に、わかれって?」 

「…」 

にこ。 
その通り、とでも言いたいのか。 
こいつは笑顔が一番読めない。 
なのにその笑顔を可愛らしいとさえ思ってしまっている自分が信じられない。

「じゃあ、僕はこれで。答えがわかったら教えてください」 

花宮に難解な問いを示してくれた当の彼はまたひとつ小さな笑みを残して去っていった。 

「わかるか、バカ」 

ぽつりと呟いた言葉に囁き返された黒子の言葉を、花宮は知らない。 






『嫌いになれないって、言ってるのに』



おわり 



――――― 
長くなってすみません。花宮すき!でもいまいちキャラがわかってない感じ! 

「花に魅入って」様に提出