kuroko | ナノ
 
知らぬ仏と馴染みの鬼
 


天気いいな、と。 
窓際の一番後ろの席に座る黒子には例によって例の如く気付いていないだろうクラスメイトたちが黒子のすぐ後ろで交わすそんな会話を耳にして、何となしに窓の外に目を向けた。 

だからただ気が向いただけで、深い意味はなかったのだ。 
昼休みに火神くんが教室から居なくなる(購買部に走っていくためだ)のはいつものことだし、少しくらいいつもより遅かったからと言って心配するほど過保護でもない。 
だから僕は何も言わずに一人で屋上に出た。教室に戻って僕が居なかったからと言って心配するほど火神くんもまた過保護ではないから。 

だからこれはもう、運が悪いとしか言いようがなかった。 

まさか火神くんが告白されている場に出くわしてしまうなんて、これが自分の悪運を呪わずにいられようか。 
だいたい今時告白するのに屋上なんて、と思った矢先、そういえば中学の頃にはこんなことがよくあったな、と思い出した。 
居なくなった黄瀬くんを探していると、大抵彼はいつでもどこでも告白されているのだ。 
そして今このような状況にあるということは、どうやら火神くんも黄瀬くんほどではないにしろモテるらしい。 

別に構わないけれど、せめて屋上はやめてほしかった。 
まだ先に彼らが居たのなら教室に戻ることもできたのに、運悪く僕は校内から出てきてすぐには気付かない死角に座っていて、その上元来の影の薄さでは気配を察しろという方が無理な話だ。 
気付いた時には「好きです」なんて告白の常套句が聞こえてきて、諦めにも似た気持ちで気配を忍ばせた。 

そして、今に至る。 




「…つか、いるならいるって言えよ…」 

少々の非難と罰悪さがないまぜになった視線を左頬に感じて、向き直らないまま口を開いた。 

「じゃあなんです?入ってきた時点では誰が何の目的で来たのかもわからないのに、自ら、進んで、自分がここに居ますよ、と、そう言えばよかったんですかそうですか」 

ことさら冷たい言葉を吐き捨てるように口にしてから、平然とストローを銜えてパックのいちご牛乳を啜る。 

「!そんなこと…言ってねえだろ……」 

「君が言っているのはそういうことです。別に邪魔したわけでなし、何か不都合なことがありましたか?」 

「ねえ、けど…っ、誰だってわざわざ知られたくもねえっつか、気まずいっつか、…そういうのあんだろ」 

気まずい? 
首を傾げる。 
それは火神くんが意外にも女の子には優しかったことを僕が知ったからなのか、それともモテない僕に対する彼なりの配慮なのか。 
どちらにしても特に気にするようなことではないと思うのだけど。 

「…別にないと思いますけど」 

僅かな逡巡のあと素直にそう言うと、火神くんは何か言いたそうに口を開いたが結局それは音にはならなかった。 

「君は、意外に変なことを気にしますね。黄瀬くんと同じようなことを言う」 

ただ黄瀬くんの場合は気まずくなるというよりキセキ達に知られると揶揄い倒されるのでそれに気を使っていただけだとは思うけれど。 

「!…黄瀬ってやっぱり、そうなのか…?」 

「?ええ、そりゃあ中身はともかく顔があれですから、モテますよ」 

「んなこと聞いてねえっつの…」 

ぼそりと呟かれた言葉はどうやら独り言のようだったので聞き流すことにした。 
それよりも今更何を言うのかと視線を移せば苦虫を噛み潰したような火神くんの横顔が目に入る。 
普段から強面の顔が更に近寄り難さを増していて勿体ないな、とお節介とはわかりながらも思った。黄瀬くんには及ばずとも顔の造り自体は決して悪くないのに、女の子にはそれよりも怖いというイメージが先行してしまって遠巻きにする子がいることも知っている。遠巻きにしながらもその視線には隠しきれない慕情が含まれていることも。 

「…何を気にしているのか知りませんけど、僕は火神くんが誰に告白されようが誰と付き合おうが気まずくなったりしませんし、気にしませんよ」 

「!……っそうかよ!…つか、それ黄瀬にも言ったのか?」 

「言いましたよ、黄瀬くんが変に気にしていたようなので。悪いじゃないですか」 

「どっちがだ…」 

火神くんの表情が歪んだ理由も溜め息と共に零れた呟きの意味も僕には到底わかりそうもない。疲弊しきった顔の火神くんを見ていたら聞いたところで教えてくれる気もしなかったので聞くのはやめた。 
しかし唐突に、黄瀬くんに言われた事を思い出す。 

『黒子っちは気にしなくても、俺は黒子っちが誰かと付き合ったりしたら嫌っス』 

あれは、どういう意味だった? 

あの時はただ、馬鹿馬鹿しいそんなことあるはずないと一蹴して、そうしたら黄瀬くんはひどく嬉しそうな顔をしたんだったか。 
中学生の頃なんて彼女よりも友人と賑やかにしている方が楽しいからだとばかり思っていたけれど、一体黄瀬くんは何を思ってあんなことを言っていたんだろうと今になって考える。 
そして今目の前にいる彼が言っているのは同じことなのだろうかという所まで考えは及び、俄かに心がざわついた。 
しかしそのざわつきの正体をわかろうとしないまま、僕は思考を放棄することを選んだ。 

きっと、知らない方がいい。 

火神くんと黄瀬くんが同じ気持ちで同じような事を言ったのかは定かでないけれど、少なくとも僕の中に穏やかでない感情の嵐を齎すものだと直感した。 


(余計なことは考えない) 


僕は、額面通りに受け取ればいいだけだ。 
黄瀬くんの言葉も、火神くんの言葉も。 
言葉以上の意味なんてないのだから。 





おわり 





―――――― 
火→黒←黄? 
黒子っちはまだどちらのことも好きじゃなくてようやっと二人の言葉の真意に気付き始めた感じです。黄瀬が不憫すぎるね!