kuroko | ナノ
 
ロマンスの序章
 

部活へ向かう途中、図書室へと消えていく小さな背中を見つけられたのは奇跡に近かった。 

なぜだかその背中を追いかけたい衝動に駆られ前を行く福田と河原に声を掛ける。 

「ごめん、俺図書当番だった」 

口からでまかせ、言った自分が一番驚いた。 
こんなことを言うつもりなんて微塵もなかったし何より嘘をつく理由もない。しかし内心で自分の言葉に取り乱している降旗をよそに降旗の言葉を疑う様子もない二人はわかったじゃあな、とだけ言って去っていく。 
その様子を眺めながら尚も降旗は自問していたけれど、ちらりと見た黒子の背中がどうにも気になって、言っちまったもんは仕方ないと半ば開き直った気持ちで図書室へ向かった。サボりに近いこの行動を部活第一の黒子はよしとしないだろうな、とも思いながら。 

図書室の引き戸を開けると黒子は一人でカウンターに座って本を読んでいた。
本当に当番なのはどうやら黒子らしい、けれどよく存在を忘れられる彼はたしか一人では当番を任されていないはずだ。 
黒子ではないのだから他に誰か居たら見つからないわけがないとわかってはいてもつい目をこらしてみるけれど、やはり誰も見当たらない。 
あれ?と首を傾げて、戸が開いた気配を受けてもまるでこちらを見ない黒子に近付く。カウンターを挟んだ真正面の位置に来てやっと顔を上げた黒子の、髪色と同じく色素の薄い瞳が僅かに見開かれた。 

「…降旗くん?」 

「なんでここに、とかは突っ込まない方向で。今日一人なの?」 

「?はい、用事があるとかで」 

降旗の意味深な言葉には首を傾げつつ、相手の用事とやらは疑っていないようだ。相手が誰かなんて知らないけれど、こういう場合の「用事」ほど怪しいものはないと降旗は思う。 

「ふうん…」 

「降旗くんは、本を借りに?」 

「え、…あ、っと」 

言いながら黒子が読んでいた文庫本を閉じたのを横目に見て、悪いな、と思う反面会話が嬉しい。言葉に詰まる場面でもないはずが言い淀む降旗に黒子が再び不思議そうに首を傾げる。 

「うん、そう本、本をな、借りに…」 

「そうですか、じゃあ貸出のときに声掛けてくださいね」 

「あ、うん」 

図書委員なんてやっていると勘違いされることも間々あるのだが、実際のところ降旗は黒子のように特別本が好きというわけでもない。読みたい本もない中、しかし黒子にああ言ってしまった手前借りないわけにはいかないと適当な本を探すことにした。 

参考書のスペースは意識的にスルーして、その奥、ミステリー小説が並ぶ本棚に足を向ける。黒子のように本好きなわけではないと言っても、人並みに本は読むので好みくらいはあった。適当にタイトルを追い目についたものを手に取ってみる。 

「…あ」 

表紙を捲ると、タイトル頁との間に挟んであったオレンジ色の貸出カードが真っ先に目に入る。誰も気に留めないような紙切れの中に見知った名前を見付けて、ふと手が止まった。カタカナの名前というのは案外珍しいもので、几帳面な字で書かれた「黒子テツヤ」の名前は彼自身とは裏腹に一際目立っていた。 

(黒子、こういうの読むんだ) 

たまたま手に取っただけの本だったのに、それを彼も読んだのだと思うと変に舞い上がってしまう。 
内容は確認していない、あらすじも作者も知らないというのに他の本も確認しないうちにカウンターへと足を運んだ。
よほど集中しているのか、今回は正面に立っても顔を上げない黒子に声を掛ける。 

「黒子、いい?」 

「あ、すみません、貸出ですね」 

「うん、よろしく」 

訳もなくドキドキしながら黒子に本を手渡し、貸出カードに名前を記入しながらちらりと黒子に視線を移す。するとタイトルを入力しようとした細い指先がキーボードの上でぴたりと止まった。 

「…降旗くんも、こういうの読むんですね」 

降旗自身が黒子に抱いた感想とまったく同じ台詞になぜか気恥ずかしさが込み上げる。 

「!…、うん、ミステリーは、結構好きだから」 

「そうなんですか。僕もこれ借りたんですけど、面白かったですよ」 

知っている、だからこそ借りたのだ。 
しかし自覚しているからこそそんなストーカーじみたことを馬鹿正直に言えるはずもない降旗は黒子の顔を見ることもできずに慣れた手つきでキーボードを叩く彼の白い手を凝視していた。 

「あの…、さ」 

「?はい」 

「黒子、この作者の本好きなの?」 

「いえ、僕はあまりミステリー小説には詳しくないので」 

「そうなんだ、……」 

ああもう、こんなだから―――気の利いた話のひとつもできないようだから自分は彼女ができないのだ。せっかく自分にしかできない会話の種を見つけたというのに。 

大人しく部活に行こうと諦めかけた時、降旗が会話の糸口を探しているのに気付いたのか黒子から話を振ってくれた。

「降旗くんは、詳しいんですか?」 

「!え…いや、詳しいっていうか…、それなりに…?」 

「なら、おすすめの本があったら教えてくれませんか?」 

ほんのわずか口角を上げただけ、ただそれもきっと気を遣ってくれただけなのだろう、けれどたったそれだけの事にどうしようもなく喜んでいる自分がいる。小さな小さな微笑は降旗の目にひどく可愛らしく映った。 

「!…、もちろん…!」 

「ありがとうございます」 

「…っ、あのさ、じゃあ、黒子のおすすめも教えてよ」 

言った途端きょとんと目を丸くした黒子を見て、調子に乗りすぎたと一瞬で後悔する。 
しかし降旗の猛省を知ってか知らずか黒子はゆるめた目許をほのかに染め、今度こそくっきりと笑みを浮かべた。 

「ええ、もちろん」 

「!…っ」 

花が綻ぶような、なんて、まさか同性の友人相手に抱く日が来るなんて思ってもみなかった。けれど確かに、黒子の笑顔はそうと形容するほかない可憐さで以って降旗の心を乱したのだった。 



ロマンスの

序章


今はまだプロローグに過ぎません 



Fin 



―――――― 
初降黒でした 
委員会が同じだと知ったときからいつか書きたいと思ってたんですけれどあんまり委員会を生かしきれてなくてごめんなさ…。 

降黒は手を握るのにも赤面するようなぴゅあっぴゅあしてるのがいいです。アダルティはキセキの担当