くもりのち快晴 「…青峰くん?どうしたんですか?」 7月の屋上。夏の日差しがじりじりと肌を焼く、決して居心地がいいとは言えないこの場所で青峰は黒子の腹に抱き着くように顔を埋めたまま動かない。昼ご飯を食べ終えた途端、電池が切れたようにばたりと倒れ込んだ青峰に心配げな声を掛けてみても反応はなく、残り少ない昼放課だ、黒子はどうするべきかと途方に暮れた。 「…青峰くん、授業始まっちゃいますよ?」 「いいだろ、そんなん…相棒が落ちてんだから少しくらい付き合えよ」 「落ちてるんですか。青峰くん」 「落ちてんの。」 黒子がまるで信じていない風に鸚鵡返しをすると、再び同じ言葉が返ってきて青峰は抱き着く力をより強めた。 こうなってしまったら梃子でも動かないので五時限目の授業は諦めるしかない。 「…何か、あったんですか?」 聞いてもいいことなのか悪いことなのか、黒子には判別がつかないけれど、聞いてはいけないことなら青峰は潔く答えない。だから黒子は遠慮などしないのだ、いつも。 「あーー…、うん、あれだ、なんつーか、否定、が、堪えた、っつうか…」 異様に読点が多く歯切れの悪い台詞。青峰にしては珍しいその不自然さに首を捻る。 「何言ってるんですか?」 「だからあれだよ、否定、されたのが…すっげえムカついて、でも言い返せなかった自分にも腹立つっつうか…あー、もう意味わかんね」 それは黒子の台詞だ。さっきからしきりに否定という単語を使うけれど、如何に黒子でも流石にそれだけでは何のことやらさっぱりわからない。それが表情で伝わったのか、しかし青峰はバツが悪そうに目を逸らして尚も遠回しな表現しか続けない。 「だから、だな…文句つけられて、文句っつうか、ただの八つ当たりなんだろうけどやけに引っ掛かって、だな…」 「…青峰くん、ボクなら平気です。ちゃんと言って下さい」 「!…あーーー!!!!もうっ!!だから嫌なんだ!!…っ、変なんだとよ!!オレとテツの関係は非生産的だとか何とか訳わかんねえこと吐かしやがって!」 「ああ…そのことですか」 今更何だ、と思わずにはいられないほど、それはありふれた―――中傷。 「変」だって?「非生産的」だって? そんなことはどうだっていい。一般だか常識だか知らないがそんなくだらないものを振りかざして自分たちの関係を裁ち切る権利が一体誰にある? 無いのだ誰にも。 それなら気にする必要など何もない。そんな何の縛りも効力もない中傷に傷付く必要などない。そんな、誰だか知らない誰彼の言葉に苛つかされる必要などないのに。 あまり優しいのも困りものだ、と気付かれないように微笑を湛えて、変わらず黒子の腹に顔を埋めたままの青峰の頭を撫でる。 「何だよ、子供だって?オレはテツみてえに割り切れねえんだよ。ムカつくもんはムカつくんだ。」 「わかってますよ、君の性格ですもんね。でも、ボクは気にしませんから。それだけ知っておいて下さいね、青峰くん」 黒子の顔を仰ぎ見た青峰の頭をゆったりとした仕種で撫で、今だ不服そうに顰められた眉にふっと笑みが零れる。 「何笑ってんだよ、テツ」 「いいえ、ボクは幸せ者だなと思っただけです」 彼が黒子のためにこうして怒ってくれるから、黒子自身は気にしないでいられるのだと。 本当は黒子だって、全く気にしないなんてことは無理なのだ。男同士である以上、そうした心ない中傷を受けることは仕方ないと思うけれど、それと無関心無感情は違う。 自分たちの関係をそれこそ否定されることは哀しいし、悔しいし、腹立たしくもある。それでも、何を言われても、黒子は青峰の手を手放したくはないから我慢できる。我慢、するしかない。 そんなことで、相棒を、光を、恋人を、失いたくはないから。 「ありがとうございます、青峰くん」 「?意味わかんねえな、相変わらず」 まあいいけど、と再び黒子の腹にぽすんと顔を埋めた青峰にもう苛立ちの色はなく、それにほっとする。同時に、黒子の言葉が彼の落ち込みを解消したのだと思えば嬉しくもあった。 「いい天気ですねえ…」 「そうだな、サボるか」 「まあ五時限目はもう諦めました。」 「ふはっ!いいじゃん」 どこがですか、と頭を軽く叩くと響いた明るい笑い声に気分は上向く。 (ボクもたいがい単純ですね…) 屈託ない笑顔ひとつで、 何でも許してしまえるなんて。 くもりのち、快晴 Fin "12.2.16加筆修正 |