絶対概念エモーション ああ、なんて―――憎らしい。 何故そんな玉遊びに夢中になれるのか。とそう聞いたら、渾身の平手打ちを喰らった。 小さな彼の手ではそう痛いものでもなかったけれど、それは痛みなんかではなく、抜けない棘を紫原の心に残した。 「紫原くん、呼んでますよ」 「ええー?なにー?めんどくさい」 「女の子です。知り合いじゃないんですか?」 黒子が示す先に居る女生徒に見覚えはない。というか興味がなければ紫原は話したことがあろうと、付き合ったことがあろうとすぐに忘れるので、もしかしたら見たことくらいはあるのかもしれなかったが、とりあえず、 「知らない。」 だが紫原のその性分を知っている彼は 「…まあ君のそれはあてになりませんからね。」 などと言って紫原を彼女の方へ促すようなことをする。 「めーんーどーくーさーいぃぃー」 「失礼ですよ。」 「だってー」 「いってらっしゃい」 そう背中を押されてはどうしようもない。それに、教室で暇そうにしているのを見られてしまっている以上さすがに無視はできなかった。 そしてやる気なくスナック菓子を頬張りながら着いていくと、彼女のどこか落ち着きのない様子から薄々感じていたが案の定、紫原が最も嫌う展開のひとつと相成ってしまった。 (あー…めんどくさい……) 「あの…?」 「んあ?」 「え、と…だから、私と…付き合うこと、考えてくれないかな…」 好きという告白以外の何物でもない言葉を聞いてもなお何の反応も示さない紫原に、少女は再び告げてくる。 けれど紫原にめんどくさい以上の感情は露ほども湧かなかった。 「あー、ゴメン、オレそういうめんどくさいの無理だから」 * 「あれ、紫原くん?もう終わったんですか?」 「うん」 「うんって…」 多分紫原が何を言ったか知ったら彼は怒るだろうことは容易に想像がついたので黙っておいた。しかしこの手の展開は全てお見通しの黒子は、 「またですか…」 と溜め息をつく。 「何がー?」 「しらばっくれるんじゃありません。」 しらばっくれてみても無駄だった。 「だってー…めんどくさいんだもん」 「だもんじゃありません。まったく…あなたも黄瀬くんも……」 突然同じ部活の同級生の名前を出されて、紫原の胸の内に微かに生まれた不快感。しかしその正体はわからないまま、モヤモヤした気持ち悪さを晴らすように黒子に悪態をついた。 「黒ちんには関係ないじゃん」 「ええ、関係ありませんよ。でも黄瀬くんは決まって僕を理由にするので迷惑この上ないです。」 黄瀬のことは関係ないだろう。と、紫原自身意味のわからない苛立ちが暈を増す。 「オレはしてないよ。だから黒ちんには関係ない。」 「…そうですね。それはすいませんでした」 何故そう簡単に引き下がるのか。引き下がれるのか。黒子がわからない。 黄瀬が相手なら、黒子はきっと食い下がるのだ。そんな場面は何度も見てきた。そして、その度に紫原の胸を占めていく気持ち悪い感情。 しかしそれが何なのかわからない紫原は、 「……黒ちんて、あいつのこと好きだよねー…」 なんて自ら傷を刔るような真似をする。 「…君の言うあいつが誰のことか知りませんけど、ボクは誰のことも好きじゃありませんよ。 ―――もちろん、紫原くん、君のことも。」 黒子のその言葉を理解した瞬間、唐突にぐらついた頭。体中が煮え立ったように熱くなり、眼前が揺れる。 ああ、これは…憎しみじゃない。 けれどそれをどうしてオレは憎しみなんかと勘違いしたのかと言えば、冴えた頭で考えれば簡単なこと。 それは、彼がオレを見ていないからだ。彼は、バスケを愛しているから、そのバスケに真剣に取り組まない紫原をどこかで軽蔑していて。だからといってバスケをしていて楽しいという感情は欠片もわかない、真剣に打ち込むことなんてどうやっても無理な自分はきっと、バスケに夢中な黒子に嫉妬して、黒子を夢中にさせる全てが憎かったのだ。 愛から生まれた苛立ちを、憎しみだと勘違いした。 ただ、認めたくなかっただけなのかもしれないけれど、そんなことはこの際どうでもよくて。 「わかったよ、これからはちゃんとする。黒ちんの為に」 「?…ボクのためにしてどうするんですか…。まあ…でも、良いことなんじゃないですか?」 黒子に嫌われないため、好かれるための第一歩。 それに対する黒子の微笑を見て、何か引っ掛かっていたものがストン、とあまりにも呆気なく落ちた。そして、彼に対する愛しさだとか、可愛いだとか、単純にスキだとか、そういうシンプルでわかりやすくピンク色をしたような感情を初めて素直に感じて ただ、笑みがこぼれた。 "12.1.13加筆修正 |