kuroko | ナノ
 
リピートアフターミー
 


ただ漠然と、

【1番好きなものは?】

そう聞かれて、即答できる人はそんなに居ないと思う。

けどオレは、考える間もなく「黒子」と答えるだろうし、彼は聞くまでもなく「バスケ」と答えるだろうことは聞かなくても明白だ。
第一、答がわかっている問いほど愚かなものはない。
そして、そんな自ら傷を刔るような真似をするほど黄瀬は愚かではなかった。

*

「ありがとうございましたっ」

握手を迫ってきた少女は黄瀬の引き攣った笑いが見えていないのか、頬を上気させて笑いながら走り去っていった。

「はああーー…あれはないっスわ……」

「んだよ、じゃあ断りゃいいんじゃねえか。」

「そう簡単にもいかないんスよ……」

謂れのない中傷を受けるのはできるだけ避けたい。だからといってプライベートを奪われるようなことにもなりたくない黄瀬はこういう場合の対処がいまいちわからなかった。そう言う黄瀬に隣を歩く笠松は

「だったらやめちまえ。」

と軽い口調でとんでもないことを宣った。

「!?うわ、先輩無責任ー。」

「うっせえ、他人に責任なんか持てるかよ。特にお前」

「酷いっスねー自分で言っといて。まあ、今のところ辞めるつもりはないんスけど…」

「なんっだソレ。なら責任とか何とか言うんじゃねえよ。」

確かにそうか。笠松の言葉を現実にしない限り彼に責任なんて発生しない。

「でもだって、くろこっちが」

「…透明少年?」

「くろこっち。そのくろこっちが、モデルやってる時とバスケしてる時のオレがカッコイイって言うんスもん。」

だからバスケとモデルだけは辞めない。

そう決めた。
黒子は自分のその発言が黄瀬の未来を決めたなんて思ってもみないだろうが、だからといって別に黒子にその「責任」を押し付けるつもりはない。
ただ黄瀬が勝手にそう決めただけのことで、そんなのは黒子に関与しない処である。そう言うと隣を歩く笠松はひとつ重い溜め息をついて、

「大変だな、透明少年も。」

お前みたいなめんどくさいのに懐かれて。と歩く足を速めた。
そんなことはわかっている。黒子が黄瀬の想いを手放しで歓迎していないことくらい、十分承知の上だ。でも、黒子は優しいから。優しくて、狡くて、なのに強くて。

黄瀬の想いを拒みきれない部分が彼にはあって、それは優しさと狡さの狭間でゆらゆらと揺れていることも。

黒子が黄瀬を失いたくないと思ってくれているのは友人としてであり、黄瀬が求める関係は彼には受け入れ難いのだということも。

でも、黄瀬が求める関係を拒んだらきっと、もう同じ関係には戻れないと知っているから、彼は黄瀬の告白に是も非も示さないのだということも。

全てわかっていて、それでも黄瀬は黒子を諦めきれない。我ながら往生際が悪いとは思うけれど。

そんなことを思いながら、もう大分離れてしまった背中を追い掛けるでもなく遠くに眺めた。


*


珍しく部活も撮影もなかった休日、家に黒子を誘った。中学時代には頻繁に遊びに行っていた黒子の家にも、高校に入ってからというもの一度も行っていない。黄瀬は仕事と部活共にハードになり、黒子は人一倍努力が必要だというのはわかっていた。だから、もう自分だけの都合で動くことはできなくなって、それと共に黒子との逢瀬まで減ってしまったのだった。

だからこそ、不安で。
言質がほしくて。

つい口走ってしまったのだ、

「黒子っち…が、さ……一番好きなものって、何?」

答の解りきった愚かな問いを。

「?……どういう意味ですか…?」

「そのまんまっスよ」

「……黄瀬くん、って、言ってほしいんですか?」

「!!えっ…あ、ちが、そういう意味じゃなくてっ」

催促には意味がない。あくまで黒子がそう思ってくれていなければ、言葉だけでは何の意味も。

「…僕が一番好きなひとは黄瀬くんですよ」

「!…」

こともなげにそう言ってみせる黒子に何故かぐっと息が詰まる。
言ってほしかった。
聞きたかった。
けれど何より、言いたかった。

「好きなもの、って漠然と言われたらよくわかりませんけど」

ひと、って限定されたら、そんなのひとりしか居ません。

「――――…っ、ん…うん、オレも、オレも…くろこっちが、1番すき…っ」

「そんなこと知ってます」

感極まって口をついたその告白には、あまりにもあっさりとした返事のみが返されて。
けれど、自分の愛を確かに受け止めてくれていると、目の奥が熱くなった。


リピートアフターミー
好き?って聞けば好きって返される幸せ



Fin


"12.2.16加筆修正