幸せ適宜 ※黄→黒←森 「黄瀬、ちょっと頼みがあるんだけど」 日曜の休日練習。三連休の二日目である今日の練習は午前中で早々に終わった。 片付けを終え、今正に部室のドアを開けて帰ろうとしていた黄瀬は先輩である森山由孝にそう声を掛けられて足を止めた。正直あのナンパ騒ぎの一件があった後では嫌な予感しかしないが、先輩である以上無視するわけにもいかず振り返る。 「はい?」 「ちょっと、紹介してほしい子がいるんだけど」 その言葉にやっぱりかと思いつつ、それでも多少の安堵にふっと息を吐いた。森山は生粋の女好きだ。黄瀬が今想いを寄せるのは中学時代からずっと黒子だけで、紹介して都合の悪い女の子はいない。もし桃井だったりしたら望みがないのに紹介するのは悪いと思うが不都合なわけでもない。そんな安堵から 「オレが紹介できる子なら別にいいっスよ」 と安請け合いしてしまったのが運のツキ。 「ああ、それなら大丈夫だ。黄瀬の中学時代の同級生だから」 更にはその言葉に桃井だと勝手に解釈してしまった。 「桃っちスか、でも桃っちは…」 「?誰だ、それ?オレが言ってるのはあの…、 誠凜の子だけど」 一瞬、思考が追いつかずに頭の中で森山の台詞を繰り返した。理解ができないというよりは、理解したくない類だと本能的に悟ったのだろう。だが悲しいかな、さすがに理解したくないことは理解できないなどという都合のいい機能は黄瀬にはなく。 「―――……っ!!!??だ、ダメっスよ!!!!!」 あまりに唐突な大声に森山もぎょっと後ずさったけれど、そこはやはり森山。黄瀬の気迫なんぞ意にも介さず問うてくる。 「何で?」 何でと言われてもダメなものはダメだ。 誠凜には珍しく女の子の監督がいるけれど、誠凜の監督なんて黄瀬は知り合いでも何でもないし、それ以前に中学時代の同級生なんて彼しかいない。 ダメだ、絶対にダメ。黒子だけはどうしても。 「黒子っちだけはダメっス!!ホントダメ!!」 「だから何でだよ。いいだろ、別に。オレあの子に一目惚れしたんだ」 「はあっ?!!」 会ったことありましたっけ、と言おうとして、口を噤んだ。そうだ、この人は試合中にも観覧席を物色しているような人だ。多分桐皇戦の時にでも目にしたのだろう。その前から黒子の話はしていたし、黒子が黄瀬の同級生であることは他の誠凜メンバーを見れば容易に判別がつく。 「って、いうか、黒子っち男っスよ?森山センパイそんな趣味ないっスよね?」 「そんな趣味」である自分が言うのもなんだかなあとは思ったけれど、今はそんな場合ではない。何とかして諦めて貰わなければ。 「馬鹿だな黄瀬。勿体ないだろ。男だからって可愛い子を愛でないなんて」 「愛でるのはいいっスけど好きになっちゃダメっスよ!!」 持論を翳すのはいいが他所でやってほしい。まさか黒子が森山に揺れるなんてことはないと信じているが、自分以外の男が黒子に想いを寄せていると思うと気が気でなかった。 「だから何でだよ。」 「っ…それは、黒子っちには…彼女が、居るし…」 ただの桃井の自称である。 「男嫌いだし…」 男好きとは程遠いというだけである。 まず男で男好きという方が一般から掛け離れているのだけど。 「そんなのは会ってみなきゃわからない」 「でも黒子っちは…!」 「ボクがどうかしましたか?」 「ぅえっ??!?!!!」 降って湧いたような話題の人の声に、肩先を跳ね上げる。 流石の森山も驚いた様子で目を瞠っていた。何故黒子がここに、と思った矢先、そうだ、今日は部活が早くおわるからと黒子と会う約束をしていたのだったと思い出す。何でこんな日に限って黒子はこんな所まで来てしまうのかと思っても、黒子に非がないことなんてわかりきっているから言えるはずもない。寧ろ普段なら喜ぶところなのに。 「く…黒子っち…っなんで」 「約束してましたよね?…あれ、今日じゃありませんでした?」 「いや、今日…なんスけど…!」 「都合悪いんですか?ならボクは構いませんよ」 あっさりと背中を向けてしまう黒子。それを黄瀬が引き留めるより先に伸ばされた、手。 「待って」 「!…はい?あ…黄瀬くんの、先輩…ですよね…」 そう、互いに名前も知らない仲なのに森山は一目惚れだなんだと宣っていたわけだ。 「森山由孝。よろしく」 「はあ…どうも。それで、まだ何か…?」 森山の無駄にきらきらした笑顔も黒子には何の効果もない。だいたい黄瀬の営業スマイルにすら何の反応もしてくれないのに森山の笑顔には反応があるなんてことになったら泣く。 「今日黄瀬と約束があるの?」 「ええ…その予定でしたけど、黄瀬くんの都合がつかないなら、」 「誤解っス!大丈夫!!全然!!」 「?そうなんですか、じゃあ…」 「オレも一緒していいかな?」 こうくると思った。 そして、黒子がふたりきりにこだわるはずもない。 折角のデート気分も粉々、地を這うような溜め息を落として泣きたい気持ちで黒子を見遣れば、何故かじっとこちらを見ていた黒子と目が合った。 「っ?」 「…黄瀬くんが、いいなら」 ふっと逸らされた視線に不自然さを感じながらも、その違和感の正体はわからない。 しかしそんなことを考える暇もなく森山の無言の圧力を受け、縦社会に生きている故に断れるはずもない黄瀬は泣く泣く了承したのだった。 * その後の展開は黄瀬にとっては拷問にさえ思える時間だった。 まず何より、黒子の機嫌が急行直下。 森山の口説き文句に珍しくにこにこと笑っているものだから黄瀬が苛々し始めたのも束の間、そんな一種の余裕はすぐに消え去った。何のことはない、黒子は森山に好意を持ったわけでも社交辞令などでもなく単にものすごく…怒っているのだ。 理由はわからないが、ひとつ確信できるのはその怒りのベクトルは残らず黄瀬に向いているという何とも凄惨な事実。 何故確信できるのかと言われれば、こちらもごく単純に黒子の黄瀬に対する視線がその虹彩通りに冷たいのが第一、さらには森山とのやりとりが必要以上に接触過多であること、それはもう黄瀬に見せ付けるように。 (黒子っちー…何でそんな怒ってんスか…) 先程からずっとそんな思いを込めて視線を送っているが、自分でもわかるほど情けない顔をしているだろう黄瀬の視線の意味を黒子がわからないはずはないのに黒子は一向にこちらを見てくれない。 それでも時折振り向く黒子を期待交じり不安交じりに仰げば、そこに見えるのはやっぱりどこまでも冷たいだけの瞳。 (何で…?やっぱり森山先輩のこと好きになっちゃったんスか?) 黄瀬にこの場から去れと言いたいのだろうか、黒子は。 嫌な妄想だ。けれど今その妄想を妄想だと言い切れる自信も理由も黄瀬にはない。 その時、幸か不幸か、黄瀬の尻ポケットで携帯が震えた。マナーモードにしていたせいで前を歩く二人はそれに気付かない。 「!あのっ…すんません、ちょっと…仕事、入っちゃったみたい、で…」 着信の相手には後でかけ直せばいいだけの話。 たった今通話を終えた風を装って、一度引っ張り出した携帯を再び尻ポケットに突っ込んだ。 「?そうか、仕方ないな…どうする、黒子くん」 「…行ってきなよ」 帰る気なんかないくせに、と内心毒づきながらそれでも精一杯外面用の笑みを張り付けて、何故か振り返ったまま固まってしまった黒子の背を軽く押す。すると何の抵抗もなく前のめりに傾いた身体に黄瀬の方が驚き、しかし黄瀬が支えるより早く黒子の細い肩を森山が柔らかく支えた。 「っと…どうしたの?」 「いえ…すみません」 「…じゃあオレはこれで。ごめんね、黒子っち…オレが誘ったのに。」 これ以上見ていたくなくて、黒子の視線を感じながら踵を返す。 が、歩き出すより先に背中にドスッ、と強い衝撃を感じてその不意をつかれた思いもよらない衝撃に今度は黄瀬がつんのめってしまった。 「!!?!」 目の前に星が乱舞している状態で、現状理解に頭をフル回転させる黄瀬がようやっと振り返った瞬間、 「君はほんっとうに甲斐性なしですね!!」 聞いたことない黒子の怒号。 見た目はか弱い文学少年そのもので体育会系とは程遠い木陰が似合うような可憐な容姿をしていても、その実黒子は誰より情熱的なのだと、そんなこととっくに知っていたのに。 「何なんですか!デートだって浮かれてたと思えば先輩同伴!?ぶさけるのも大概にしたらどうです!?君は僕のことが好きなんじゃないんですか!」 「っ…!?」 「どっち!」 「好きですっ!」 「じゃあ何で今みたいな真似を平気でするんです?!たかが上下関係程度のことで譲れるような気持ちなら最初からいりません!」 「!あ…、くろ…」 「帰ります。…すみません、折角ですけど僕は失礼します。」 「え…あ、うん、またね」 言いたいことはそれだけだとでも言うようにひとつ大きな溜め息をつくと、さっきまでの勢いが嘘のようにあっさりいつもの調子に戻って黄瀬を追い抜いて行ってしまう。 その際森山に一言声を掛けていったのは流石としか言いようがないけれど、黄瀬にはそんな余裕はなかった。 「…っ待って、…」 一応は気を遣ってくれたのか、森山は既に黒子と、黒子を追う黄瀬とは反対方向に歩き出していた。 「黒子っち…っ待っ…」 「何ですか、うるさいですね」 「…黒子っち、でも」 「君の気持ちはわかりました、もういいです。……僕は、ひとりで空回りしてたってことですね。」 何でオレは今までずっと、しつこいくらいに追い掛け続けてきて、黒子っちの気持ちをわかっていなかったのだろうと激しい後悔が押し寄せる。 黒子は、一度も黄瀬に「諦めろ」とは言わなかった。付き纏うなとも、はっきり付き合えないとも言ってくれはしなかったのだと今更気付くような馬鹿を、ずっと彼は想っていてくれたのか。 一度だけ、正面きって「嫌いだ」と言われたことがあった。 あれがきっと、はっきりとした答えをついに言わなかった黒子の初めての答えだったのに。 「黒子っち…それは、」 「僕が今日どんな思いでいたと…?」 歩調を緩めることなく呟いて、決して横には並ばない黄瀬をどう思ったのか背中越しにちらと振り返ったその瞳には怒りなんてなくて。 そこにあったのはただ寂寥。 「!!……っ、くろこ、っち、オレと、付き合って、ください…っ」 「…………ばか。 最初から、そう言ってくれればいいんです」 やっぱり黄瀬くんなんか嫌いだ。 言葉と共に浮かんだ小さな微笑。 歩調を早めて肩を並べ、身体の横で無造作に揺れる手を恐る恐る握ってみれば、黒子はまた小さくばか、と繰り返して強くきつく握り返してくれた。 * 「え?…ちょ、先輩、今なんて…!」 「んー?いやあ、とっくに振られてたよ。あの子には」 「はい…!??」 今にも縋り付かんばかりの黄瀬を尻目に森山は平然とシュート練習に励んでいる。相変わらずフォームはよくこれで入るものだと感心するほど独特だが今はそんなこと気にしている場合ではない。 振る振らない以前に、いつの間に接触していたのか。というかなら昨日の黒子の反応は。 「そういえば名乗ってなかったな。一目惚れしてその場で愛を囁いたら引かれてしまった。」 嗚呼そうだったこの人阿呆だった。 因みに桐皇戦のとき。と言う森山に呆れ半分、皆が落ち込む中で何やってんだと多少の怒りを抱いてもバチは当たらないはずだ。 残念なイケメンの異名は伊達じゃないということか。 だいたい女の子なら森山の顔にふらっといってしまうのも頷けるけれど、黒子に対して顔の良さは武器にならないのだ。 それは黄瀬が一番よくわかっている。 「何スかそれ…じゃあ昨日のオレの懊悩は…」 「ただで獲られるのも癪だしな。恋愛には障害も必要だぞ? ―――ということで、相手が黄瀬なら諦めるつもりはないから」 自分以上のイケメンは敵と本気で思っているらしい森山はどうも黄瀬の恋路を邪魔したいらしい。 「うそって言ってよ…黒子っちー…」 さすがの黄瀬も頭を抱える前途多難。 両思いだって安心していられたのは手を握りしめられたあの瞬間だけで。 ほらもう、黒子っちがオレの手の届かない場所に居るだけで不安なんだ。 (諦めてください!) (お前が振られたらな) (うぐ…っ) Fin ――――― これは王道?オチが黄黒だから王道だよね。 あれ、でも黄黒なのに黄瀬くんいまいち報われてない…。 小説エピソードを中途半端にまぜこんですみません |