kuroko | ナノ
 
yellow
 
無名校であった誠凛高校なんかにわざわざ足を運んだのは他でもない、黒子っちが進学した学校だと聞いたからだった。

何も考えず、ただ会いたいなああわよくばウチ来てくれないかなあ、なんて。軽はずみに思ったばっかりに、俺はすぐに後悔することになった。



影が薄いのは仕様で、だからこそ俺は見つけ出すコツみたいなものをすでに心得ていたからミスディレクションをしていない黒子っちを見つけることは造作もなかったはずだった。にもかかわらず、ぐるりと見回した真新しい体育館に目当ての人物が見当たらないことにちょっとした焦りを覚えたのも束の間、本当に居なかったらしいとわかってほっとするのと同時、言い知れない違和感に眉を顰める。

黒子っちが体育館に、バスケ部にいない?
あの、黒子っちが?

その事実は黒子っちを見つけられないことよりよっぽど俺の焦燥を駆り立てた。
他の誰がいようといなかろうとどうでもよかった、誰だって休みたいときくらいあるし俺だって一度もサボったことがないと言えば嘘になる。けれど、黒子っちは違う。黒子っちは絶対に部活を休んだりしなかった。突き指した手で参加しようとして赤司っちや青峰 っちに怒られたり、緑間っちに呆れられたりということはあってもその逆はありえなかった。

なのに。

「あの、…あ、れ、黒子っちは?どこにいるんスか?」

いるはずだ、ちょっと会わない間に俺が黒子っちを見つけるのが下手になっただけで。

「…、あなたまさか、知らないの?」

「?…、なんのこと、スか…」

驚きを露わに見開かれていた瞳が痛ましいものを見るように眇められる。心臓が激しく音を立てた。

「黒子くんの目のこと、知らないのね…?」

「目、って…、」

知らない。なにも、知らない。
俺は、俺の中の黒子っちの記憶は、全中三連覇を果たし黒子っちが姿を消したあの頃で流れを止めている。
あれから、本当に一目も合間見えることはできないままにここまで来てしまった。いつか戻ってくるだろうと高を括って、ついに戻らなかった黒子っち。
あれからどうなったのかどうしたのか、俺はなにも知らないのだ。

「黒子っち、どうしたんスか…?」

「、…色がわからないの」

「色…?」

ふいに襲った既視感は何だったろう。心臓が耳元で脈打っているみたいにうるさかった。

「…、そん、な、いつから…」

色、というキーワードはあまりに自分たちに近しいそれ。

「…っおれたちの、せいで…!」

あのころ、黒子っちが姿を消したあのときすでに、黒子っちの視界は色を失っていたのだろう。
それはなにを知らずとも聞かずとも明らかに俺たちのせいであったに違いない。黒子っちはきっと否定するだろうけれど、俺たちの誰もが肯定する。
黒子っちを孤独の中に置き去りにした自覚が、俺たちには絶対的にあるのだ。本意ではなかった圧倒的才能の開花を、しかし誰も拒まなかった。

「黒子っちはどこ…!?」

「!…さっき、帰ったばかりだから、追いかければまだ…」

躊躇いつつも教えてくれた誠凛監督の言葉を最後まで聞かぬまま走り出す。

自分を追い越していく車をもどかしく眺めながら、それを追うようにひた走った。気持ちばかりが先走って脚が縺れて何度も転びそうになって、なぜもっと速く走れないのかと今まで思ったこともないようなことに苛々して。

(黒子っち、黒子っち黒子っち黒子っち…っ!)

揺れる視界の中、小さな後ろ姿を捉えた。走れば走るだけ近付く距離に黒子っちが立ち止まっていることを知る。

「くろこっち…!」

思わず上げた声は思ったようなものではなく、ひどく掠れて弱々しいものだった。けれど親を探す迷子のような情けない叫びに反応して黒子っちは振り返る。

「…、きせくん、ですか?」

「っ、…」

わからないの?
その台詞を必死で飲み込んだ。

「そう、っスよ、わかる?ほら、俺だよ」

息を整える間も惜しんで問いかける。そのまま黒子っちの細い体を抱きすくめるとまるで慰めるみたいに背中を撫でられて、そしてやんわりと、それでいて確かな力で引き離された。

「…聞いたんですね。でも、色がわからないだけで目は見えてますよ」

小さく微笑む黒子っちの真っ直ぐな瞳は、たしかに言葉通り俺を見据えている。でも。

「っ、わかんなかったんでしょ?最初、おれが呼んだときだれだか…っ!」

「それは…、」

それこそ、黒子っちにとって俺たちは世界の色だったという確証。

「ご、め…ごめん、ごめんなさい、ごめんなさいくろこっち…っ、お、おれが、おれたちが…っ」

黒子っちから色を奪った。

「きみたちのせいじゃありません。泣かなくていいんです、黄瀬くん、きみが泣く必要はないんです」

「おれたちのせいなんスよ、くろこっちがなんて言ったって、…!」

むしろ、黒子っちに俺たちのせいじゃないと言われることで尚のこと深く罪を刻まれたような気がした。黒子っちに、ではない、黒子っちにそんなことを言わせる自分自身に。

「ごめ、…ご、め…なさ、…っう、げほっ、…」

「…大丈夫ですよ、大丈夫」

言いながらも決して触れてはくれない黒子っちの、それが本心なのだと思った。

中学時代、いつでも慰めと激励をくれた小さな手のひらはもう俺に伸ばされることはないのだと知って、涙腺が壊れたように泣き続けた。



(黒子っちの瞳は空色のままなのに、なんで世界は空色に見えてないんだろうね)





Kiss 
in 
Darkness 






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黄瀬編でした。
あれ…これ…全員バットエンドで終わらない…?ちょっとそれはいやですね…どうしよう…