レンズ越しの微熱 眼鏡というのは不思議なもので、時に人を賢く見せたり格好よく見せたりもする。 たとえば普段眼鏡を掛けていない人が本を読むときや授業中だったりしたとき、ふと掛けていたりするとそのギャップにいわゆる萌えを感じるのだ、とは黄瀬の談。 そういえばクラスの女の子が例によって黄瀬が眼鏡を掛けている姿を見て黄色い声を上げていたような気もする。 とか何とか無感動に言ってみたところ。 「俺は本来の用途で眼鏡を掛けているのだよ、黄瀬が掛けているようなものと一緒にするな」 眼鏡というのは視力補正のための実用品であり、見てくれをよくしたりましてギャップ萌えを狙うために装着するものではない、と一番身近な眼鏡男子こと緑間に懇々と説かれているのであった。 「わかってますよ。緑間くんの眼鏡がファッションじゃないことくらい」 必要最低限、身嗜みとして服装や髪型には気を遣う彼だけれど常に誰かからの視線を気にしなければならない黄瀬とは違う。 黒子と並ぶくらいには無頓着な緑間である。 「だいたい眼鏡などそれ程いいものではないだろう。目がいいに越したことはない」 「眼鏡嫌いなんですか?」 「面倒なことの方が多いのは確かだな」 そう言いながら眉間にシワを刻む彼にプラスチックフレームの黒の眼鏡はよく似合っているのだけれど、似合う似合わないの問題ではないらしい。 険しい表情のまま眼鏡のブリッジを押し上げる緑間を瞬時眺めて、ふと好奇心が湧いた。 「眼鏡、外してみてくれませんか?」 「は?」 「いえ、そういえば見たことないんですよね、緑間くんが眼鏡外してるところ」 なにしろ彼は着替えのときも眼鏡を外さない上に合宿での風呂ですら頑として外さなかった。しきりに曇りを気にするくらいなら外せばいいのにと思ったものだ。 「…別に見なくていい」 「見たいんです外してください」 「何なのだよお前は!」 視線を逸らした緑間の眼鏡に手を伸ばすと、不自然な必死さで手を払われた。 後ずさる彼についムキになって再び手を伸ばす。 「おいっ」 「いいじゃないですか減るもんじゃなし」 「そう言う問題じゃないのだよ!っ…」 隙をついてえいっと眼鏡を奪い、視界に入らないところまで奪ったそれを隔離する。目が悪い彼のことだ、少し離してしまえば色の識別しかできない。 「―――…え、どちらさまですか?」 「お前は馬鹿か?」 何も眼鏡を外したら黄瀬並の美形になるだとか、目が3だとかそんなびっくり人間のような結果を期待していたわけではない。 けれど、元から整った顔立ちをしている分眼鏡がないとより際立つという、たったそれだけの違いだろう。 ただそれがあまりに大きい。 ついどちらさま、なんてお決まりの文句を言ってしまったがそれを言えただけでも上出来だったと思う。見蕩れるなんて以っての外。 「…緑間くん、お願いがあるんですけど」 「?何だ」 見ることを諦めたのかしかめっつらを解した緑間の表情は柔らかい。焦点が合っていないはずの彼がしっかりと黒子の目を見ているように感じてどきりとする。 「…他の人の前で、外さないでくださいね」 「は?」 「ささやかなお願いです、早く掛けてください」 「?わからん奴だな」 わずかに首を傾げてそう零しながら、黒子が手の平に返した眼鏡を元通り身につけると当たり前だが見慣れた緑間の姿に戻った。 「約束ですよ…?」 「?ああ」 不思議そうな表情ながらもしっかりと頷いてくれた緑間に、ほっと胸を撫で下ろした。 (普段ただの変人眼鏡キャラのくせしてあんな風に変わるなんて、ずるい…) おわり ―――――― 実際には眼鏡外しても下睫毛がより目立つようになるくらいの違いじゃないですかね! |