kuroko | ナノ
 
恋する乙女は狂奔する
 

男子バスケットボール部 

この帝光中学校に通っていてその名声を耳にしたことのない人間はいないだろうと思う。全国でも有名な強豪校、しかも今現在に至ってのみ言えば全国のトップに君臨する王者である。 
けれどやっぱりそんな彼らも中学生には変わりないわけで、色恋沙汰を気にするなという方が無理な話なのだった。 



「さつきの本命はやっぱり青峰くんなの?」 

「えっ!?何言うのよちがうってば、青峰くんはただの幼なじみで…」 

「えーじゃあバスケ部の他の誰か?」 

そう言われて、桃井の頭に真っ先に浮かんだのは友人たちが果たして認識しているかどうかすら怪しい彼の姿だった。
その一瞬の間も見逃さない、恋バナには滅法耳聡い女の子たちは瞬時に目を光らせる。 

「えーっ誰っ?!誰?!」 

「学年のマドンナの想い人は誰なのかなーっ?」 

「吐けこのっ!」 

「誰って、そんなの…!」 

言えるはずない。言ったところで正直彼女たちに理解してもらえるとは思えない。 
何しろ彼女たちはこの学校の大多数の女の子の例に洩れず黄瀬に対して秋波を飛ばすような趣味の持ち主だ。桃井は自分の趣味が悪いなんて露ほども思わないし、むしろ黄瀬の中身を知っている当方としては彼女たちの趣味を疑う。見た目はいいかもしれないが実質黄瀬はただのヘタレでわんこでよく泣く、ちょっとだけナルシストが入ったバスケ部内の下っ端である。 
こんなことを言ったら学校中の女の子の反感を買うこと必至であるだけに口が裂けても言わないけれど。 

「もしかして…黄瀬くん?」 

「えぇっ?!なんできーちゃんになるの?!」

「さつきが相手なら勝ち目ないよーっ」 

桃井の中での黄瀬の心証を知らない彼女たちが青峰以外にバスケ部内で真っ先に浮かぶのが彼であるのは必然ではあったのだけれど、やっぱり無理なものは無理だ。 
ありえない、という意思表示を目一杯にしたはずがどうやら黄瀬に想いを寄せる彼女たちには引っ掛かる単語があったらしい。 

「ほらそれ!きーちゃんとか呼んじゃって!あーっうらやましい!」 

おそらく最後の叫びがここにいる桃井以外の女の子の偽らざる本音だろう。 

「そんなこと言ったって…きーちゃんはきーちゃんだし…それ言ったら他にもミドリンとかムッくんとか、テツくん、とか…」 

テツくん、だけ妙に気持ちが篭ってしまったかとわずかに感じた桃井の危惧はまったくのいらぬ心配だった。 

「それよ!青峰くんじゃないならさつきの本命はその中にいると見た!」 

ビシッ!と探偵某のようなポーズで自分を指差す友人の姿に桃井はただただ呆然とするしかない。 
けれどあながち間違いでもないその言葉を否定することもできないで言葉を詰まらせれば、一気に畳み掛けてくる。 

「きゃーっやっぱり!誰よー!」 

「いや、あの…っ」 

「桃井さん」 

「ひゃあっ!?…っ、え、て、テツくん?!」 

今の今まで桃井の頭の中を占めていた意中の人の声に突然背後から名前を呼ばれ、驚いて振り返ると黒子はきょとんとした顔で立っていた。 
桃井を囲むように座っていた友人たちもあまりに忽然と現れた彼の姿に桃井以上に驚いていた様子で目を瞠っている。気配がないのはわかるとして、ドアが開く音さえしなかったというのは一体どういうことだろう。 
何はともあれ追求に屈して名前を出さなくてよかった、と胸を撫で下ろし、改めて向かい合う。 

「どうしたの?」 

「いえ、桃井さんが遅いので呼んでこいと言われまして…、あ、青峰くんも外に居ますよ」 

そう言って黒子が示す場所には確かに青峰らしき姿があった。自分たちが居る教室のドアの嵌め殺しの窓から褐色の肌が見える。 

「ごめんね、すぐ行くから。テツくんたちは先に行ってて」 

「はい、じゃあまた後で」 

教室を出ていく黒子を手を振りながら見送り、姿が見えなくなると突然背後から首に腕を回され二人がかりでがっちりとホールドされてしまった。 

「えっ、ちょ、なに?!」 

「なるほどねえ」 

「ふえ?!」 

「予想外だったわー」 

「!っ、ま…っ」 

「大穴だわありゃ」 

「ちがっ、あの」 

「大丈夫大丈夫、言いやしないから」 

「だから、テツくんは…っ」 

「さつきをああも乙女全開にさせるとは、やるわね黒子くん」 

「ちがうんだってばあーーっ!!!」 

真っ赤になった顔で今更どれだけ否定したところで、我が意を得たりとばかりにニヤつく彼女たちには通用しないのだった。 





「よくふつーに入っていけんな、テツ」 

「?何がですか?」 

「入りにくいだろ、あんなん」 

女同士きゃっきゃしているところに声を掛けるなんて青峰には到底できる所業ではない。言うなれば着替えを覗くにも等しい気恥ずかしさというか後ろめたさというか、そういうものを感じてしまう。 
男なら大抵そうだろうと思うのだが、しかしそれをけろりとやってのけた当人は 

「そうですか?」 

などと首を傾げるだけだった。 

「はあ…テツお前、大物だな…」 

「かわいいじゃないですか」 

「はあ?うるせえだけだろ」 

女同士集まれば平気で男の品定めなんかしやがるのだ、あいつらは。それも悪趣味なことに黄瀬の人気が高いときた。
それをどう見たらかわいいなんて感想が出てくるのか、青峰にはきっと一生理解できない。 

呆れ半分感心半分の溜め息をついた丁度その時、後にした教室からうるさい幼なじみの声がして、ほらな、と目線だけで示すがそれでも無二の相棒は苦笑いを漏らすだけだった。 

(わっかんねえ) 



おわり 



―――――― 
一応青峰と黒子に恋愛感情はないという前提です。 
だってあったら桃井ちゃんが不憫 
でも出番もないのにぼろくそ言われる黄瀬くんが一番不憫でした。ちょっとだけナルシストはわたしの主観ですがちょいちょい自慢しますよね。そんな黄瀬くんがすきだよ!