kuroko | ナノ
 
love dog-ear
 


「テツー」 

「はい」 

「ぎゃっ!」 

「なんですか失礼ですね」 

僕のクラスを覗き込んで僕の名前を呼んでいたから返事をしただけなのに、なんという失礼な反応か。 

「は、はは背後から来ると思わねえだろっ!」 

びたんっという音すら聞こえそうな勢いで廊下の壁に張り付いた青峰くんはどうにも情けない。バスケをしている時の気迫というか、鋭さというか、そういうものが微塵も感じられない。 
まあ青峰くんだけの話ではないのだけど。 

「外にいたんです」 

「だからって急に…っ」 

「何か用ですか?」 

「シカトかよ」 

憮然とした表情とそれに伴う声色。 
僕にしてみれば拗ねているようにしか見えないのだけれど、他人はこれを怖いと思うらしい。 

「それで?教科書ですかノートですか辞書ですか?」 

教科書、ノート、辞書の三冊をずらりと目の前に広げてみせると拗ねた表情は一変驚きに変わった。くるくるとよく表情の変わる人だ。 

「手品かよ…」 

「お褒めに与り光栄です」 

で? 
もう一度突き付けて見せれば。 

「…辞書貸してください」 

「どうぞ」 

広げた一番右端の英和辞典を引いて手渡すと、彼には到底似合わない恭しい仕種でそれを受け取って苦く笑った。 

「わりいな、さんきゅ」 

「今更でしょう」 

「まあそうなんだけど」 

悪びれない彼は、僕が慣れきって青峰くんのクラスの時間割を把握してしまっていることに気付いているのかいないのか、無邪気に笑う彼に頬は自然と緩む。 

「それじゃあ、今日は英語ありませんから返すのは部活の時でいいですよ」 

これで用は済んだだろうと思って教室に引っ込もうとすれば、何故か腕を掴まれた。 
それにしても青峰くんの方が驚いたみたいな表情をしているのは一体どういうことなんだろう。彼の表情にも行動にも理解が及ばずただ掴まれた腕を見つめてじっとしていると、今度はその腕を引かれて教室に踏み出していた足が再び元の場所に落ち着いた。 

「?まだなにか」 

「何かって、なんだ」 

「は?」 

「…薄情なやつ」 

意味がわからない。 
青峰くんの思考回路や行動原理がわからないのはよくあることだけれど、それにしても何故僕は今何の脈絡もなく彼に薄情だと罵られたのだろう。 

「何言ってるんですか?」 

「…これ、次の休み時間に返しにくるから待ってろよ、いいな!」 

「?だから部活の時でいいですって」 

「次の休み時間に返しにくるっつってんだろ、何か問題でもあんのか!」 

ああもう彼だけは本当に理解できない。
けれどいつになく必死に食い下がってくる彼が微笑ましく思えてきて、つい頷いた。 

「わかりましたよ、じゃあ早めに返してください」 

「まかせろ!」 

まったく、借り物を掲げて何がまかせろなのか。そう思っても屈託のない笑顔を浮かべる青峰くんには言えなかった。結局僕は彼に甘い。 

「ほら鐘鳴りますよ」 

「おーじゃあな!」 

「はいはい」 

「んだよ、それ」 

おざなりな返事と追い返すような仕種に僅か不満げな表情をしたものの、授業開始の鐘が鳴り始めるとバタバタと走って自分のクラスへ戻って行った。去り際にしっかりと礼を述べていくあたり一度懐いた人物に対しては意外にも律儀なのである。 





「テツー」 

「はい」 

「ぎゃっ!」 

デジャヴュ。 
同じことを考えたのかどうかは定かでないけれど、青峰くんの顔はどことなく罰が悪そうに見える。 

「廊下に居たんです」 

「わーったよもう…ほらこれ」 

「ああ、ほんとに返しに来たんですね」 

「あたりめえだろ、俺のこと何だと思ってんだよ」 

「…」 

「マジで考えなくていいっつの。さんきゅな」 

「いえ、慣れてますから」 

「かわいくね」 

「それはどうも」 

いつも通りの軽口の応酬。 
しかしいつもならぎりぎりまで居座るはずの彼は今回に限ってなぜか落ち着きなくじゃあな、と言ってすぐに教室に戻っていってしまった。 
別に構わないし、淋しいとかそんなのでは全然全くないのだけれど普段と違う行動をされると調子が狂う。 

「…何なんですか」 

教室に入る前にちらっとこちらを伺ったかと思えば目が合った瞬間弾かれたように自分の教室に引っ込んで。 

釈然としない気分のまま自分も教室に入り、辞書を鞄に仕舞おうとしてふと目に止まった、小さな小さな変化。我ながらよく気付いたと褒めてもいいくらいの。 

「?…」 

ページの角が、小さく折り込まれた箇所がふたつ。僕は付箋を貼るから紙を直接折ることはしない。なら誰の仕業かと言えば、必然的に答えは青峰くんに決まっている。 
というか大前提人の辞書を勝手に折るなと。 

「まったく…」 

ひとつ溜め息をついて、元に戻そうとページを開くと今度ははっきりとした変化に気付いた。開いた瞬間に目についた、目にも鮮やかな蛍光色。 

「!……っ、…」 

折られた角をそのままに、もうひとつ角の折られた頁を開く。 

「………、…は…、恥ずかしいひと…っ」 

開いた英和辞書で赤くなった自覚のある顔を隠して俯くほかになかった。照れ隠しに悪態をつこうにも本人がいないのではどうしようもない。 
人の辞書に勝手になんてことをしてくれたんだ、とか。これからは使う度に人目を気にしなきゃいけないじゃないかとか、使う度に青峰くんを思い出してしまうじゃないかとか。 
言いたいことは山程あるのにどうしようもなく嬉しいのも本当で。 



「…どこで覚えてきたんですかこんなの……柄じゃないのに、ばかみたい…」 



ぽつりと呟いて、カラーマーカーの引かれた単語をそっと指でなぞった。 



fortune

lover




(……見た?)
(…………何のことですか)
(見たよな?)
(知りません)
(ふはっ、なんの意地だよ。顔あけえぞ)
(!!)


おわり







―――――― 
こういうことするなら黄瀬くんかなーと思ったんですがおみくんに恥ずかしいことをしてほしかったので青黒になりました´▽`← 
教室でひとりそわそわしてるおみくんとかかわいくないですかわたしだけですか。 
それにしても恥ずかしすぐる…いい単語が思い付きませんでした…。 

補足しときますとdog-earは本の角を折ってできる三角のあれのことです。犬の耳っていうのかわいいですよね´`*