となりのくろこくん ※中一時捏造 となりの席の黒子くんはちょっと変な子である。 入学してから一週間は存在を知らなかった。存在を認識したあともオレは持ち前の社交性と見目のおかげですぐに人に囲まれるようになったけれど、黒子くんが人と話しているのは今のところ事務連絡以外見たことがなかった。 騒がしいオレの席のとなりで静かに本を読んでいることが多くて、クラスメイトたちとあんまり空気が違うものだから興味を引かれたオレは無意味に黒子くんの読んでいる本のタイトルを覗き見た。 それを知ったからといってどうするわけでもないのだけれど、今日で入学して二ヶ月と九日、今のところオレが知る限り16回ほどタイトルが変わっている。それはオレでも知っている有名な文学作品だったり、タイトルから既にわかるホラーだったり、操心術とかなんとか(心を操る術ってなに怖い)見るからに怪しげだったり、株取引市場云々だったり、かと思えばハーレクインだったりと、黒子くんへの興味は尽きない。 そんなわけで、人はいかにして人たり得るのかというなんとも哲学的なタイトルの本を読んでいる黒子くんを今日も今日とて観察していると、 「あ」 突然声を漏らしたかと思ったら首を90度回転させてくるりとこちらを見た黒子くんとばっちり目が合う。心の準備もなしに彼のガラス玉のような瞳と目が合って驚いたのと見ていたのがばれて気まずいのとでぎこちなくへらりと笑いかけてみたけれど、対する黒子くんは見られていたと気付いても特に驚く風でも気分を害する風でもなくオレの顔をじっと見つめた後何食わぬ顔で読書に戻った。 (えええええ!?) 本当に意味がわからない。 * 観察していた分には特に体調が悪そうには見えなかったのだけど(といっても黒子くんの顔色はいつも生白いし表情は変わらないしで正直まったく自信はない)、黒子くんは体育を木陰で見学していた。 色素が薄いのかどこもかしこも真っ白で細い身体は見るからに暑さに弱そうだ。 (かよわいってあんな感じ?) 木陰とはいえあんなところに座っていて大丈夫かなあとじっと見つめていたら、彼の表情筋はちゃんと機能しているのかと何度疑ったかしれないあの無表情が目に見えて驚きに染まる。鳩が豆鉄砲を食らったような、と言ったら失礼だろうか。 ―――まあ、実際に食らったのは鳩でもなければ黒子くんでもなくこのオレで、豆鉄砲ではなくサッカーボールだったのだけど。 「黄瀬っ!」 (黒子くん目大きかったなあ) 自分を呼ぶ声を遠くに聞きながらぐわんぐわんと揺れる頭で暢気にもそんなことを考えていたら空と地面が反転して、次の瞬間意識がフェードアウトした。 * 目が覚めて真っ先に目に飛び込んできたのは白い天井と、カーテンと、空色。 (…そらいろ?) 「大丈夫ですか?」 「!」 ハイトーンの柔らかな声。記憶にある予想外の声に驚いて首を回すと、声の主は例によって本を読んでいたらしかった。 「…え、あれ、くろこくん…?」 「はいおはようございます、くろこくんです」 やっぱり変な子だと思った。 オレが身体を起こすと手に持っていた本を頓着なく閉じて枕元にあったオレの制服の上にそっと置く。なぜ。保健室調達らしいその本は「セクハラを受ける人と受けない人」。内容はわからないでもないけれどまた不思議なものを。単純に容姿の違いではないのだろうか。 「…え、っと、なんで?」 「軽い脳震盪だそうで」 「あ、ちがくて、なんでくろこくんが?」 「ぼくが見学だったからじゃないですか?体調が芳しくないから見学しているというのにこんなでかい人を運んでいけなんて無茶を言います」 淡々とした口調から憤りは感じられない。 かといってオレをここまで運んでくれたのが黒子くんだとしたら無茶をさせたのは事実だし元から彼の感情は全く読めないのである。怒っていないように見えるけれど、実際怒って当然だと思う。 気を失った人間、ましてやそれが180センチ大の男となれば引きずるのも一苦労のはずだ。 「ご、ごめんなさい…」 「きみが謝ることではありません。体調なら至って良好です」 「はえ?」 「強いて言う病名すらないほど健康です、ご心配なく」 黒子くんと話しているとオレはもしかして日本語が理解できていないのだろうかと疑いたくなる。今さっき体調が芳しくないから見学していたと言ったのは何だったのだろう。オレが自分の言語中枢に疑いを持ち始めたころ、その心配はないとでも言うように黒子くんの声が思考を遮った。 「だってこんなに空が綺麗なんですから、もったいないじゃないですか」 残念ながらオレはそんなセンチメンタルな感受性は持ち合わせていないし黒子くんが空が綺麗だからと体育を見学する理由もいまいち理解できないけれど。 真っ青な空の下で、空の青にも劣らない黒子くんの髪と瞳は見てみたいかもしれない、と思った。 (柄でもない…) 「じゃあぼくは戻りますね」 「!あ…っ」 「?」 何事にも頓着しないのは彼の質だろうか、あっさりと腰を上げた黒子くんの制服の裾を思わず掴んでしまってから、はっと我に返る。なにも考えていなかった。まさに反射だ。 けれど不思議そうに、掴まれた裾とオレの顔とを交互に見つめる黒子くんの視線にいたたまれず何か言わないと、と焦るあまり余計に思考は絡まる。 結果、 「…っ、お、オレと、っ友達になってください…!」 突拍子もないことを言い出したオレをきょとんと見つめる黒子くんはよっぽど宇宙人を見るような目だった。そしてしばらくの沈黙のあと、 「…かまいませんが、友達というのはなろうと言ってなるものではないと思います」 正論を言われた。今までさんざっぱら迷言を吐いてきたくせに今に限ってこの正論。それに関してはうそだろう、と思うけれど確かに言う通りである。 「は…、あ、そうっスよね、ごめん」 「きみは、バスケットはすきですか?」 どこのフィルターを通ってきたのか、きれいなお姉さんはすきですか、と脳内変換され、かわいい方が、とこれまた脳内で答えたところでそんなわけないとかぶりを振る。 どっちにしろ唐突すぎる。なぜいまバスケット。変な子だ変な子だと思ってきたけれど、もしかしてどこかと交信でもしているのだろうか。思考回路が途中でぶった切れているんじゃなかろうか。 ああそんなことよりもオレは何と答えるのが正解なのか、 考えてもわかるはずがなかった。 「…う、あの…」 「はい」 「すき、です…」 いや、やったことないけど。多分できるにはできるだろうけど。 思ってもいないことを言ってしまった後ろめたさと答えはこれで合っているのかという不安に押し潰されそうになりながら、そろそろと視線を上げる。 「…そうですか」 「!」 ふわり、花が綻ぶような微笑みを目にして安堵よりも先に胸がときめいた。 (うわあ…) 心臓がばくばくとうるさい。 顔半分を覆った手の平に感じるくらい顔が熱い。 「…それじゃあ、ぼくはこれで」 「!あ、ありがとっ」 「どういたしまして、あ、それよかったらどうぞ」 指差すのはさきほどオレの制服の上に置かれた本。正直セクハラ云々に興味はないけれど、彼の本のチョイスには興味があった。手に取ってぱらぱらと捲ってみる。どうやら容姿ばかりの問題でもないらしい。 「知ってます?執拗な視線は立派にセクハラとして成立するんですって」 「へっ?」 「ふふ、お大事に」 「え、ちょ…待っ、…!」 視線?セクハラ? けれどその言葉を理解する前に意味深な微笑みを残してカーテンの向こうへ消えていった背中が、オレの声に応えてくれたのか否かカーテンの向こうで立ち止まる。 「あ」 カーテン越しにたった一音だけを発して、黒子くんは今度こそ保健室から出ていった。 「えっ!?なに!!?なんなの!?」 「あ」? ああもう、やっぱりわからない。 友達になってくれるのかどうか答えをうまくはぐらかされたような気がしてならないけれど、とりあえずは黒子くんを理解するところから始めようと思う。 おわり ―――――― 黄瀬くんが自分を見てるのに気付いてた黒子くんでした。セクハラです。視姦てやつです。黒子くんの二度の「あ」に意味はありません変な子にしたかっただけです。でも思ったより変な子にならなかったような…´` つづけたいけどつづかないかも…つづくかも…。 |