宝物のキミへ | ナノ
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▽ ポケットの中の気持ち



ある日の昼休み。

窓の外に見える向かい側の校舎。窓際の席で、クラスメイトと話すなまえの姿が見えた。


いつもの屈託のない笑顔じゃなくて、少しだけ作られたその表情。俺や陣平ちゃん以外に向ける笑顔は、いつもあの笑顔だ。


自分の心の奥に“何か”を隠してしまうあいつ。


俺が進路の話をした時もそうだった。


“警察官”


その言葉を聞いた瞬間、明らかに表情が変わったなまえ。


なにかに脅えたようなあの表情は、今でも脳裏に焼き付いてた。


それでもあいつは決して本音を言わなかった。


なまえが望むなら夢のひとつやふたつ捨てたってかまわない。あいつが笑っていられる未来の方が俺にとっては大切なんだ。



「はぁ・・・」
「んだよ、辛気臭ぇな。ため息なんてお前らしくないぞ」


思わずこぼれたため息。後ろの席に座っていた陣平ちゃんが、俺の座っていた椅子を蹴る。


「辛気臭くて悪かったな。親友の悩み相談に乗ってやろうって優しい心は陣平ちゃんにはないのかねぇ」
「なんか悩んでんのか?」
「いや、別に。ただ自分の不甲斐なさにへこんでるだけ」


振り返りふざけながらそう言うと、一瞬真顔になる陣平ちゃん。ぶっきらぼうだけどたしかに俺のことを心配してくれている。そんな気持ちが伝わってきて、小さく笑みがこぼれた。



「なまえとなんかあったのか?」
「何もないよ。むしろ何もなくて困ってる」
「は?どういう意味だよ、それ」
「鈍感な陣平ちゃんには教えてあげなーい」
「っ、誰が鈍感だ!!」


なまえが関わるとムキになる陣平ちゃんをからかいながら、再び窓の外に視線を向ける。


そこにはいつもと変わらないなまえの姿。



「別にいつも通りじゃん」
「・・・・・・だから問題なんだよ」


助けて。


たった一言。
そう言ってくれたら俺は何だってしてやる。


なのにあいつは頑なにそれを望まないから。


俺はお前に何をしてやれるんだろう。


そんな事ばかり考えてしまうんだ。






「お邪魔しまーす」

ガチャっとノックもなく開けられた部屋の扉。


そんなことをするのはなまえか陣平ちゃんしかいないわけで、持っていたシャーペンを机に置き振り返る。


「苺たくさんもらったからおすそ分け!はい、これ」
「サンキュ!あとで食べるわ」


はい、と手渡された袋を受け取ると、中には真っ赤な苺のパックが二つ。


「研ちゃん勉強してたの?」
「あぁ、数学の課題終わんなくてさ」

座っていた俺の隣にやってくると、机の上に広げていた参考書を覗き込むなまえ。


その瞬間、ふわりとなまえの髪から香った甘い香り。ぐらりと自分の中の理性が揺らぐのが分かった。


「研ちゃん?」
「っ、」

黙り込んだ俺を不思議に思ったのか顔を覗き込んできたなまえと至近距離で視線が交わる。


風呂上がりなんだろう。
いつもは巻かれている髪は無造作にまとめられていて、すっぴんで少し幼いその表情。長いまつ毛がなまえの瞳に影を落とす。


気が付くと俺は、なまえの腕を引いていた。


「・・・・・・何かあったの?大丈夫?」

急に抱き寄せられたにも関わらず、そのまま俺に身を委ねてくしゃりと髪を撫でてくれるなまえ。

細い指が髪を梳く感覚が心地よかった。


「久しぶりに勉強したらちょっと疲れただけ。充電したら元気でたわ」
「ははっ、元気でたならよかった」


冗談まじりにそう言えば、なまえもつられて笑う。


いつも通りの俺達がそこにあった。



なぁ、なまえ。


これが松田ならお前はどうしたんだ?


その抱えてるもの、松田になら話すのか?


それでもいいと思った。
松田はそれを受け止める度量のある男だし、お前の負担がそれで減るなら俺はそれでもいいんだ。




「じゃあ、陣平ちゃんとこにも持って行ってくるね」
「おう。気をつけてな」


部屋を出ていくなまえの背中を見つめていると、名前の付けようのない感情がふつふつと込み上げてくる。



クソっ、出てくんじゃねぇーよ。


それはどうしようもない独占欲。自分本位な我儘な感情。


俺を頼って欲しい。
俺だけを見て欲しい。


決して伝えることのないその感情は、日に日に膨らんでいく。


俺はその感情に必死に蓋をした。







月日が流れるのは早い。


気が付くと校庭の桜がひらひらとその花弁を散らしていた。



卒業式。学生としての節目。

別れを惜しんで涙を流す生徒すらいる。



「「萩原先輩!」」

卒業式を終え教室に戻る。長い担任の話が終わり教室を出ると二年の女子生徒達に呼び止められる。


「先行ってんぞ」
「おう」


気だるそうに卒業証書の入った筒をくるくると回しながら校庭へと向かう陣平ちゃんにそう返しながら彼女達の方へと向き直る。



「っ、あの!学ランのボタン貰えませんか?」

真っ赤な顔でそう言った女の子。

後ろにいる女の子達も、お願いします!と頭を下げる。


「いいよ。ちょっと待ってな」

俺は学ランのボタンを上から順番に外して彼女達に渡していった。


いつの間にか別のグループの女の子もその輪に加わり、ぐるりと囲まれた俺。


まぁ最後だしいっか、なんて考えながらボタンを順に渡していると第二ボタンに手がかかった。


「萩原先輩?」

ボタンを貰おうと目の前で待っていた女の子が、動きを止めた俺を見て不思議そうに首を傾げた。



第二ボタン。

そんなのただのジンクスだ。


頭をよぎったのはなまえの顔。


あいつがコレを欲しがるなんてあるはずないのに。


ふっと嘲笑的な笑みがこぼれた。



「ごめん、第二ボタンは記念に取っといてもいいかな?」

別のボタンを外し目の前の女の子に渡すと、彼女はこくこくと頷く。


あっという間になくなった俺の学ランのボタン達。残ったのは、誰にも渡すことのない第二ボタンだけ。



「だせぇなぁ、俺も」

なまえと陣平ちゃんが待つ校門へと向かいながらぽつりと呟く。




「悪ぃ、待たせたな!」

二人の姿を見つけ駆け寄る。

俺とは違って全てのボタンがついている陣平ちゃんの学ラン。




「卒業おめでとう!学ランのボタン全部なくなったの?」
「なんか皆に欲しいって言われてあげてたら、袖のボタンまでなくなっちゃった」
「・・・・・・ここまでくるとすげぇな」


ボタンのない俺の学ランを見ても、なまえは顔色ひとつ変えない。その事実にチクリと痛む胸の奥。



三人でこうして帰るのも最後だ。


そう思うと通い慣れた通学路が特別なものにすら思えてくる。


大学に進学する俺と陣平ちゃん。


大学を卒業したあと陣平ちゃんは、警察学校に進むだろう。


警察官。


なまえはその言葉が出る度に、なにかに怯えるように瞳を不安げに揺らす。


近い将来、陣平ちゃんの夢が現実となった時、なまえはどうなるんだろうか。


そんなことが気になって仕方なかった。



俺達二人のことを何より大切だと言ってくれるなまえ。俺達を守るためならなんでもすると。



何があっても守ってやる。


お前が大切だと思うものは全て。

なまえが笑っていられる世界が、俺にとっては何より大切だから。


そしてその世界には、陣平ちゃんもいるから。


変わっていく俺達。変わらない気持ち。


ひらひらと舞う桜の花弁と、温かな風が俺達三人の間を吹き抜けていった。

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