宝物のキミへ | ナノ
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▽ キミだけの世界



夏の暑さが和らぎ、吹き抜ける風が秋の匂いを運んでくる。


雲ひとつないどこまでも澄んだ青い空。体育祭の開会式が終わり、ラジオ体操の為に校庭に整列させられた生徒達。


それぞれのクラスTシャツを身にまとった生徒達の中、俺の目に止まるのは少し離れた場所で友達と話すなまえだった。


いつもは緩く巻いておろしているなまえの髪。今日はポニーテールで普段隠れているうなじが露になっている。


ぼーっとそんな彼女の後ろ姿を眺めていると、隣にいたクラスメイトが声をかけてくる。


「今日もお前の幼馴染みちゃんは可愛いねぇ。ポニーテールが絶妙にエロい」
「さっき隣のクラスの奴が、なまえちゃんにTシャツ交換頼むって意気込んでたぜ」


男子高校生の考えることなんて単純だ。
俺がそう思うのと同じように、周りの視線も自然となまえに集まる。


ふつふつと込み上げてくるどす黒い嫉妬心。


周りに悟られるわけにいかないそれを、どうにかやり過ごしながらクラスメイトの話に乗っかる。



「俺の幼馴染みを変な目で見んな、バカ」
「男の憧れだよなぁ、可愛い幼馴染みって」
「お前や松田が羨ましいよ。研ちゃん!ってお前に駆け寄ってくるなまえちゃん見る度に思うわ」
「ははっ、だろ?」


上手く笑えているか自信がなかった。


体育教師の号令で離れていくクラスメイト。内心ほっとした。なまえのことを褒められるのは嬉しい。けれど同じくらい誰の目にも見えないところに隠しておきたくなる。俺だけを見てほしい。何度そう思っただろうか。



「・・・・・・さすがにその思考回路はやばいか」


乾いた小さな笑い声とともにこぼれたそんな言葉は、誰にも届くことはない。







「研ちゃん!!!!」


クラスのテントに戻りクラスと奴らと他愛もない話をしていると、大きな声で名前を呼ばれた。


俺の事をそう呼ぶのはたった一人だけ。


俺は適当に話を切り上げると、そのままなまえの方へと駆け寄った。



「どうした?」
「ちょっとこっち来て」
「おう」


少しだけ疲れた表情のなまえ。俺の腕を引きながら人気の少ない場所へと足を進める。向かった場所は体育館の裏。普段から人気のないその場所には、俺たち二人だけ。



「なになに、こんな所に呼び出して。俺襲われちゃう感じ?」
「バカ、そんなわけないでしょ!」


ふざけて笑いながらそう言うとぱしんと軽く腕をはたかれる。


俺を呼んだ理由なんて考えなくても察しがついた。


体育祭が始まってから色んな奴らに声をかけられていたなまえ。Tシャツを交換するなんて文化のせいで疲れ果てているんだろう。好奇の目にさらされることも、人の好意を断ることも、どちらも想像以上に疲れるもの。その気持ちはよく分かった。



「俺でいいの?頼む相手」
「・・・・・・え?」
「Tシャツ。交換して欲しかったんでしょ?開会式終わったあとからなまえ色んな人に声かけられて大変そうだったもんな」



本当にお前が交換して欲しい相手は俺じゃないだろう?

分かっていて尋ねる俺はずるいと思う。

なまえが陣平ちゃんに頼まないことも、陣平ちゃんが頼まれたとしても素直にそれを受け入れられないことも分かっていた。



俺は着ていたTシャツを脱ぐとそのままなまえの方に投げた。



「いいよ。なまえなら交換しても」



お前がそれをが望むなら。

俺が断るわけなんてない。




「研ちゃん以外に頼める人いないもん」


嬉しい。けれど残酷なその言葉。


なまえは恥ずかしがる素振りもなく俺のTシャツを頭から被ると、そのまま自分の着ていたTシャツから腕を抜き襟元から引っ張り出す。


些細なそんな行動ひとつ。
男として意識されてないよなーなんて考えてみるけれど、そんなこと今更だ。



「俺も女の子にTシャツちょーだいって頼まれてたから助かったよ」
「研ちゃんモテモテだもんねぇ」
「なまえこそ。じゃあそろそろ戻るか。リレー始まるだろ」


交換したTシャツからふわりと甘い香りがした。

なまえが着るには大きすぎる俺のTシャツ。背中にある俺の名前。その事実に少しだけ満たされた独占欲。


隣を歩くなまえを抱きしめたくなった。
きっとその腕を引いて抱きしめたところで、なまえは顔色ひとつ変えないんだろう。


校庭に戻りクラスメイト達の元へと戻るなまえの背中を見送り、リレーの待機列へと向かう。


今の格好を陣平ちゃんが見たら噛みついてきそうだなぁ、なんてそんなことを考える。


案の定、俺を見つけると顔色を変えた陣平ちゃん。



「俺に当たるくらいなら、最初から素直にあいつに言えばよかっただろ」
「っ!」
「順番だぞ。ほら、第一走者はあっち」


くだらないことで言い合いになるのはよくあることだった。それでも俺にとって今の陣平ちゃんの立場は羨ましいしかないもの。ダメだと分かっていても、ただの八つ当たりだと分かっていても、自然と語気が強くなってしまう。


これ以上余計なことを言ってしまう前に、俺は陣平ちゃんの背中を押した。






陣平ちゃんに当たってしまったことへの後悔。ぶつけようのないなまえへの気持ち。


どうにかそれを消化したくて、二人を昼飯に誘った。


クラスの奴らと話していた陣平ちゃんを横目に見ながら先になまえを迎えに彼女のクラステントへと向かった。


「ねぇ、なまえいる?」
「っ!萩原先輩!なまえならさっきまでここにいたんですけど。どこ行ったか分かる?」
「みょうじさんなら少し前に二年の女の人に呼ばれてたみたいだよ」


テントの端にいた女子生徒に声をかけると、近くにいた別の子がそう答えた。


二年の女の人。

嫌な予感がした。


少し前に俺にTシャツを交換してきてくれと頼んできたクラスメイトの女子。彼女達がなまえを睨んでいたことは気付いていた。


目を離すんじゃなかった。


後悔したところでもう遅い。



「どっち行ったか分かる?」
「多分プールサイドの方とかじゃないかな?あっちの方歩いていった気する」
「ありがとうね。助かったよ」


彼女達にお礼を言うとそのままプールサイドの方へと走る。


昔から俺の周りにいる女の子達がなまえをやっかむことはよくあった。


俺だけじゃない。
陣平ちゃんのことを好きな女の子もいた。


良くも悪くも目立つなまえ。

苛められてもケロッとしているあいつは、逆にそういう奴らの苛立ちを煽った。


だからこそずっと気を付けていた。

言い寄ってくる女の子達のことを、うまくかわしていたつもりだった。



「誰と交換するかは研ちゃんの意思だし私に言われても・・・」
「なっ!幼馴染みかなんだか知らないけど、調子乗ってんじゃないわよ!」


プールサイド。

三人の女子生徒に囲まれたなまえの背中を見つけた。


駆け寄ろうとしたそのとき、パン!と乾いた音が響いた。そしてそのまま別の女がなまえの肩を押した。


ぐらりと傾いたなまえの体。


ぷつりと自分の中で何かが切れたような気がした。





「何してるの?こんな所で」


驚いたように振り返ったなまえの頬は赤く腫れていた。


「萩原君・・・っ、これは違うの!」

目の前の女が慌てた様子で弁解するけれど、耳に入ってくるわけがなかった。



「二度となまえに近寄るな。次はないから」


自分でもこんなに冷たい声が出ることに少しだけ驚いた。

別に好意を寄せてくれる彼女達のことを嫌いではなかった。好きだと言ってくれることはありがたい。誰かを好きになるその気持ちは理解できたから。


けれどなまえを傷付けるなら話は別だ。



「頬っぺた赤くなってるし保健室行こ」
「っ、うん」

赤くなったその頬にそっと触れる。


俺のせいで傷付けた。


その事実が胸を抉った。



守ってやりたい。傷付いて欲しくない。


不可能だと頭では分かっていても、この世の全てからこいつを守りたいと心の底から思った。

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