▽ 2-2
side R
自分の教室に戻ると、俺に気付いた景がと目が合う。僅かにいつもより強く脈打つ心臓を、ぐっと抑え景の隣の席に座る。
感情の機微に聡い幼馴染みに、悟られることのないように。
「なまえ教室にいた?クラスの子と仲良くしてた?」
お前は父親か!と突っ込みたくなるような質問だが、景はいたって真剣だ。なまえのことになると、この男は過保護になる。
甘やかしすぎだろ、と思わなくもないが彼にとって彼女は特別らしい。
「男子生徒と喧嘩しそうになってたけど、それ以外は問題なさそうだったよ」
「は?!喧嘩?なんで?」
「知らない。別にそんな大事でもなさそうだったし、とりあえず座れよ」
慌てて立ち上がって、今にもなまえの教室に向かいそうな景を席へと座らせる。
「お前はちょっと過保護すぎだ」
「だって心配だろ。なまえは可愛いから」
たしかに顔は可愛いと思う。出会った頃はまだ小学生だったが、幼いながらに整った顔立ちだとは思っていた。中学に入ってから、少し大人っぽくなった彼女は三年生連中からも人気があることは知っていた。
黙っていれば綺麗な女の子だが、俺に対しては常に憎まれ口を叩く。男勝りなところもあるから、さっきみたいに男子生徒にも食ってかかる。そのくせ景に対してだけは、「ヒロくん、ヒロくん」と懐いているのだから解せない。
景は景で、なまえが東京に引越してくる前から、彼女の話をよくしていた。
それはまだ彼がうまく言葉を紡げなかった頃、教室の隅の席で真剣に何かを書いている景に声をかけたことがあった。
「なに書いてるんだ?」
突然声をかけた俺にびっくりしたように目を丸くした彼。転校してきてからあまり彼が喋らないことは知っていた。俺の質問にも、「手紙」とだけ答えて、また机へと向き直る。
何故かそんな彼に興味を惹かれ、よく声をかけるようになった。そしてその手紙は、長野にいる、幼なじみのなまえという女の子に送るものだと教えてもらった。彼女のことを話す景は、普段より柔らかく笑うのだ。彼はそれに気付いていたんだろうか?
次第に俺と景の距離は縮まって、誰より仲がいい友達とよべるようになった。
なまえが東京に引越してきて、三人でつるむ事が多くなった。景を俺にとられたと思っているのか、なまえは何かと俺に張り合ってきた。俺は景みたいに、素直に彼女を甘やかすことはないけれど、俺のことを見た目で判断せずに対等に向き合ってくれるなまえのことは嫌いではなかった。
そう、嫌いではない。むしろ異性の中では一番仲がいいといえるだろう。過ごす時間も景の次に長いのはなまえだろう。
俺の中で景となまえは、二人で一つのように感じていた。過去に、長野で何があったのかは知らないが、二人にしかわからないこともあるんだろうと、ふんわりと思っていた。
恋愛には疎いけれど、なまえは誰が見ても景のことが大好きなのは一目瞭然だったし、景もなまえのことは特別大切にしていた。きっと両想いなんだろう。だからといって、俺達三人は変わらないはずだった。
二人とも大切な友達。
なのに何故だろう。
俺の事を馬鹿にされ、男子生徒に食って掛かっていたなまえの姿を思い出すと、心臓が僅かに早鐘を打つ。
別に見ず知らずの誰かに、自分を悪く言われようが気にならない。いちいち気にしていたら、キリがないからだ。それでもやはりこの見た目で判断されるのは、少し、本当に少し、傷つきもする。
俺の見えない場所で、自分自身のことを庇ってくれていたなまえ。
なぜ俺は、さっきの出来事を景に言えなかったんだろうか。
俺だけの思い出にしたかった。それが独占欲だと気付くのは、まだ少し先だった。
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