▽ 8-21
廊下の先にある防火扉から漏れる黒煙がゆっくりと足元に迫ってくる。
「・・・っ、どうしたら・・・」
ぽっかりと穴のあいた連絡橋のあった場所。吹き込む風が不安を煽る。足が竦んで上手く動かない私は、そこにぺたりと座り込んでしまう。
ここから逃げる為には下に降りなければいけない。けれど爆発のあった四十階はもっと酷い火災だろう。とてもじゃないが下りることはできない。
「零くん大丈夫なのかな・・・・・・」
頭を過ったのは、その四十階へと向かった彼のこと。
零くんのことだ。炎の中に突っ込むなんて無茶はしていないはず。ちゃんと引き際を考えて避難したはず。そう言い聞かせるけれど、不安は胸から消えてはくれない。
迫り来る煙と炎から目を背けたくて、下を向いた。
「・・・・・・ったく、こんな時くらい自分の心配をしろよ」
少し呆れたようなその声は、よく聞き慣れたもの。
伏せていた顔をばっと上げると、そこには頬を煤で汚した零くんの姿があった。
「!!なんで・・・っ・・・!」
「それはこっちの台詞だよ。ちゃんと避難しろって言っただろ」
彼は私の腕を引き、そのまま引っ張り上げた。
「怪我は?どこも怪我してないか?」
「うん・・・。展望エレベーターがとまっちゃって・・・、レーザーポイントが急に・・・っ、園子ちゃんが危なくて、さっきはコナン君が・・・っ。零くんも巻き込まれたかと思って・・・っ・・・」
まとまりのない私の言葉。状況を説明したいのに、頭の中がうまく整理できない。
「なまえ。大丈夫だから一回落ち着け。ゆっくり息を吸うんだ」
零くんは私の背中を撫でながら、反対の手で頭を自分の肩口へと引き寄せた。
焦げ臭い煙の匂いの中で感じる彼の温度と匂い。背中を撫でてくれる手が、落ち着きを取り戻してくれる。
私が落ち着いたのを確認した彼が口を開く。
「・・・・・・よし。このままここに居たって助からない。上に上がるぞ」
「上に?」
「さっき通ってきたけどもう下は炎に包まれてる。だから上に上がって救助ヘリを頼む。その方がまだ安全だ」
そう言うと零くんは、着ていた自分のジャケットを脱ぎ私に渡した。
「これで鼻と口しっかり押えてろ。何もないよりはマシだろ。なるべく煙を吸わないようにするんだ」
そのまま私の手を握る彼。
「もう大丈夫だから。俺の事を信じろ」
「・・・・・・うん・・・っ」
そう言うと私達は上へと続く階段を駆け上がった。
prev /
next