▽ 11-3
Another side (2/2)
合鍵で入るか、チャイムを鳴らすか、いつも考えないそんなことですら悩む自分がいた。
ドアの前で少し考えた後、俺はポケットから合鍵を取り出してそっと扉を開ける。
玄関に入り足元に視線を下ろす。そこにあるのは彼女の靴だけ。男物の靴は見当たらなかった。
あいつは帰ったのか。それともここになまえがいないのか。
そのまま廊下を進みリビングに向かうと、ぼんやりとした常夜灯の明かりが漏れてくる。
扉を開けるとソファに上半身を預けているなまえの姿が目に入った。
規則正しく上下する彼女の肩。眠っているだけのようでほっと安堵の息をつく。
髪の毛で隠れてしまっている彼女の表情。そっと反対側に回り込み、そっと近くに腰を下ろす。
「・・・・・・これは・・・」
その時、彼女が何かを握りしめたまま眠っていることに気付く。
両手でぎゅっと握りしめられていたのは、俺が彼女の家でよく着ていたTシャツだった。
そのシャツに顔を埋めるようにして眠る彼女。
起きている時は俺が触れることに抵抗を見せたのに、一体どうして・・・・・・。
恐る恐る彼女の髪に触れる。
その顔が見たくて、顔にかかっていた前髪をそっと払うとすぅすぅと寝息を立てるなまえがいた。
その穏やかな寝息とは反対に、頬には涙のような跡が残っていた。
「・・・・・・零・・・くん・・・」
触れたせいなのか僅かに眉を寄せながら小さくそう呟いたなまえ。
夢でも見ているんだろうか。
「なまえ」
答えるように名前を呼ぶと、彼女の瞳がゆっくりと開かれる。
寝起きでぼんやりとした瞳が、徐々にはっきりとしてくる。
「・・・・・・っ・・・、零くん?」
俺がここにいる状況が上手く飲み込めないのか、目をぱちぱちとさせながら俺の名前を呼ぶ。
「起こして悪かったな。体調はもう平気なのか?」
平静を装いながら尋ねると、彼女は小さく頷く。
「・・・・・・赤井は?もう帰ったのか?」
「うん。私が起きてしばらくしたら帰ったよ。・・・っ、それより頬っぺた大丈夫?」
彼女にそう聞かれて、そういえば昼間にあいつに殴られて怪我したっけ、なんて思い出す。
心配そうに俺の頬に触れた彼女。
その手に思わずビクリと体が反応した。
「・・・あっ、ごめん。痛かったよね・・・?」
それに気付いたなまえは、慌てて手を引っ込めようとする。俺は思わずその手を掴んだ。
「っ、平気だ。これくらいなんて事ない」
掴んだ手を振り払われないか、らしくもなくそんな不安が胸によぎる。
けれどその手は振り払われることはなくて、彼女は少し震える手で俺の左手を握り返した。
「零くん、ごめんね。ポアロでのこと」
「・・・・・・謝らなくていい。でもいつからあんな発作起こすようになったんだ・・・?一体何が・・・」
気になっていたことを尋ねると、なまえの瞳が不安げに揺れる。
少しの沈黙の後、彼女は俯いたまま口を開いた。
「私、嘘ついたの。零くんのこと裏切ってる・・・」
彼女の言うそれが何なのか。
頭に過ぎるあの男の言葉。
彼女の言葉の真意がわからなかった。
それを知りたい自分と、知りたくない自分。
相反する感情が胸の中で鬩ぎ合った。
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